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史上最悪の国王誕生祭 8

「なっ……」


数秒の間、絶句するイルミネ貴妃。王座の向かい側に座っている彼女は、長テーブルを挟んで国王を頬をひっぱ叩かれたような表情で凝視していた。中途半端に開かれた口が、数秒まで彼女をまとっていた貴妃としての威厳をぶち壊しにしている。それだけ彼女の受けた衝撃は大きかったらしい。


国王と貴妃の間に座る七大貴族の間に、気まずい空気が流れ込む。国王の一言で即座にその場の者みなが悟った。国王は敢えて、自ら地雷を踏んだのだ、と・


やがてガタっという音と共にイルミネ貴妃が立ち上がった。ラクスは天井を仰ぐ。難航することなくスムーズに会議が進むという淡い期待は、今の音であっけなく煙のように消え去った。


全く今までで最高の国王誕生日だ。


ラクスは目の端で隣に座るウーヌムが膝の上で両拳を強く握りしめるのを捉えた。


そうか、コイツにとっても重大なことなのか。オウイケイショウは……。


さて、イルミネ貴妃は予想を尽く裏切らず、国王に向かって喚き出した。貴族の手前、罵倒などの失言はかろうじて抑えてあるものの、凄い剣幕でまくしてたてる。機嫌を損ねていた彼女は、今や怒り狂っていた。全身で。時々エナジーを感情的に爆発させながら。


高価な花瓶が爆発するように割れ、部屋の気温が上昇したかと思うと、眩い光が現れては焦げ臭い匂いが漂う。


一方、頭首たちは、会議中であるという事実に微塵も気後れすることなく、専ら自分の身を守ることを第一の優先事項に据える。


イグニフェルは「おっかねぇ!」と声に出して怯え、マレとゲントゥムは動揺は見せないもののちゃっかり水の盾、月の光の盾で自分自身を防護している。

ルチアはイルミネ貴妃を宥めようと時々口を開くが、貴妃は聞いていないどころか彼女自身の声でそれを掻き消す。アウルムは椅子を前後にゆらゆら揺らしながら、天井の中央に掲げてある羽の形をしたシャンデリアをぼんやりと眺め、アルボア、ソラだけは微動だにせず、だが口も挟もうとせず我関せずの態度を一貫していた。


またラクスは、眉根を寄せているだけかと思いきや、風の術でゼフィロスの肖像画を守っているボレアースにも気づく。王宮の調度品の中でも価値が高いものなので、毀損は免れたいに違いない。



イルミネ貴妃はまず、ウーヌムが現在「第一王子」のステータスをもっていること、それを差し置いて第二王子が王座につくなど民が不審に思うかもしれないということを主張し、確かに王位継承の選考はかつて行われていたが、もはや時代遅れであり、また危険が伴う野蛮なものであることを喚き立てた。


真向かいに座る国王は全て予想通りだったらしく、眉一つ動かさずイルミネを見つめている。


ウーヌムはさすがに罰が悪く思ったらしく、「母上!」と暴走している貴妃を牽制しようとするも、完全に無視されて失敗。


結局長々と彼女の抗議が続く。その後息切れのように肩を揺らしながら声をとぎらせら時、国王はそのチャンスを逃さず口を開いた。



「わしが王位継承者選考を行うと決めたのは、ダークリットの影響が大きい。この不安定な時期とあってはより優れた者が王座につくことが重要である。国民を統率力がある者。群衆を一つにまとめ、臆することなく忍び寄る危機に対峙できる者。それに第二王子が王座に着くということは歴史を鑑みれば、全く不思議なことではあらぬ」


「ですが、父上……」



そこでラクスは初めて口を挟む。イルミネ貴妃が再び抗議を始める前に。



「僕は……王座につくことを望んでいません。能力的にもウーヌムの方が優れておりますし、王位継承者として相応しいでしょう」


至って簡潔に述べたが、これがラクスの率直な本心であった。王位継承など興味がない。自分はあの洋館で静かに暮らせていければ、それでいい。


「陛下お聞きになりました!?」


イルミネが我が意を得たとばかりに、奮起する。


「彼の言う通りですし、王の座につく意図のない者が国王になるのに適してるとお思いですか?!」


イルミネ貴妃とラクスの意見が初めて合った記念すべき瞬間だった。


国王はと言うと思慮深げにラクスを見つめていた。ラクスもまっすぐにその目を見つめ返す。ラクスの母親が生きていた時のようにはもう輝かないその瞳を。


国王は深く故オルビス王妃を愛していたーー。


「イルミネ、王位継承は身内の問題ではない。国全体の問題だ。故に頭首達の意見を是非とも聞きたいと思う」


国王の言葉で、完全に外野に回っていた頭首達の意識が戻ってくる。


「選考には賛成ですな。もともとは選考を行うのが当たり前だった。ここ数代にかけて選考が行われなかったのは、たまたま候補者が複数いなかったからにすぎません」


ゲントゥムがイルミネ貴妃の睨みに臆することなく述べる。ルチアは「そうですな…」と頷き、同意を示した。


他の頭首も選考には賛成だった。最後にソラが「私も陛下のご意見を支持します」と述べた時、イルミネ貴妃は黙っていられず口を開いた。


「ソラ!あなたまで何を……」


そういえば、とラクスは思い出した。血縁ではないが、イルミネ貴妃とソラは昔からの顔なじみである。イルミネ貴妃は日の精霊であり、彼女の父は先代頭首であった。ソラの父及びソラ自身は先代頭首の弟子であり、一人娘のイルミネが貴妃として王宮に上がると、能力が卓越していたソラが頭首の後継者に選ばれたのだ。


だが二人は親しい関係にある訳でなく、名前を呼ばれソラが眉を顰めたところを見ると、イルミネの暴走をソラが迷惑に思っているのは明らかだった。


ラクスは複雑な思いで自分の意思とは別の方向に進んだ、その場を眺める。王位継承争いなど全く興味がなかっただけに、イマイチぴんとこない。だが頭首が全員それに賛成したならば、それは開催されるのが殆んど決定したようなものだ。


浮かない顔をしているラクスに国王は最後、皆の前で声をかけた。


「オルビスが生きていたのなら、間違いなく王位継承を目指し選考に出ることを望んだであえあろう。オルビスはお前を誰よりも信じていたのだからな」



国王としてというよりは父親としての言葉に、ラクスは昔を思い出し、懐かしさと同時にチクリと胸を刺される様な痛みを覚える。


一方イルミネ貴妃はこの言葉に、悪あがきの様に時々すすり泣きながら、嘆き始めた。


「陛下は結局、王妃とその御子息のことしか頭にないのですわ。いつもいつも私と可哀想なウーヌムはーー」



再び始まったイルミネ貴妃の訴えに急速に頭首達の意識が外野に戻って行くのをラクスは感じた。


ウーヌムは歯止めが効かなくなった母親に、顔を赤らめ俯いている。ラクスは彼に同情を覚えた。


長い訴えの後、ほとんど主張が泣き言に変わり、イルミネ貴妃がテーブルに顔を突っ伏して咽び泣き始めた時、見計らっていた国王は伝統的な王位継承者選考の概要を淡々と説明し始めた。




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