史上最悪の国王誕生祭 7
クルミ板にはめ込まれた多くの鏡で装飾された壁。中央には16人掛けの長テーブル。上座にある王座の背後の壁は、暖炉が取り付けてあるが、その上には金飾りの額縁と共にかつて英雄として称えられたゼフィロスの肖像画が飾られている。
その名に因んで、ゼフィロスの間と呼ばれるこの部屋で、顔を揃えたのは七大頭首と二人の王子、そしてイルミネ貴妃。国王と宰相は、まだ部屋に訪れていない。場にいるのは、いずれも国王により招集された者達である。
国王が部屋に入る前、場は異様な雰囲気で満たされていた。頭首、王子を交えての会議は、定期及び緊急会議共に珍しいことではない。見慣れた顔ぶれの中で、明らかに一人浮いており、場に居心地の悪い空気を作り出しているのは、他でもないイルミネ貴妃である。
ただ彼女は張り詰めた空気も気にならないらしく、王座と向かい側の席で、「なんと狭くて暑苦しい部屋なのかしら」とでも内心不平を言っているかのように、しかめっ面をしたまま羽の扇で仰ぎ続けている。その視線は常時窓の向こうに向けられていたが、時たま自分の息子である第一王子のウーヌム、そしてその隣に座るラクスに向けられた。
ラクスその突き刺さるような冷ややかな視線を気に留めることなく受け流す。生まれた時から浴びせ続けられてきた視線だ。慣れてしまうのは、当然と言えよう。
それにしても、とラクスは思った。どうして父上はこの女を会議に呼んだのだろう。場違いなのが顕然であり、それは自分だけが感じていることではない。その証拠にイグニフェルは落ち着きなく、もっとも落ち着きないのはいつものことであるが、視線を何度も貴妃に向けているし、アウルムやルチアも数度彼女を盗み見ている。ソラ、ゲントゥム、アルボアも態度には出さぬ者のどこか表情が強張っており、マレは王宮の者から貰ったのか虹色の特大のスティックつきキャンディーを舐めながら、無関心に宙を眺めていると思いきや、頭上のシャボン玉に寝そべったオタマジャクシが体ごと無遠慮にイルミネ貴妃を凝視している。
隣にいる無表情のウーヌムが何を思うのかは窺い知れないが、その他の者は同じ疑問を共有していた。
なぜ彼女はここにいるのか。
ラクスは内心で舌打ちをする。彼女は虫の居所が悪いだろう。ウーヌムの後継者としての地位以外、執政には至って興味がない。それなのに、如何なる理由かこのつまらない会議の場に呼び出され、さらにはこの部屋を外から警護する衛兵に彼女のお気に入りの召使い達の同伴を断られる。決定的なのは、ゲントゥムとの公の会話でのあの父上の発言。これからの会議の運びに彼女の存在が支障をきたさなければよいが……。
「陛下がご入室されます!」
外側に待機している衛兵のキビキビとした報告の後、間髪おかずに暖炉横のドアが開き、国王が部屋に足を踏み入れる。続いて入室したのは宰相ボレアース。国王は誕生祭の混乱の終盤に見せた暗い表情を依然として浮かべている。
誰とも視線を見合わせないまま、国王は無言で席につく。長身で白髪混じりの長い髪に、羽の紋章の入った深緑色の三角帽子にローブを纏った宰相、ボレアースは、感情というものが抜け落ちてしまったような表情でその背後に控える。
ボレアースはラクスの父アイテールの絶対的な信頼を勝ち得ている宰相であるが、種族は風の精霊であり、レニタスの伯父にあたる者である。冷静沈着、頭脳明晰。王家、王命や法律には忠実であり、理想的な政界の補佐役と言える。術使いも地道な鍛錬の結果、非常に洗練されており貴族達に引けをとらない。風の精霊は七大貴族ほど栄華を誇る訳でもなく日の精霊の下部精霊であるが、この国の宰相として王を補佐するのが、1000年程前からの慣わしだ。実は英雄ゼフィロスの活躍に由来する。国中が震撼する陰謀を企てた闇の精霊を見事払拭したゼフィロス。それまでは光の精霊が王座にある時は宰相は闇の精霊、闇の精霊が王座にある時は宰相は光の精霊というのが例外があれど習慣になっていた。
だがゼフィロスの活躍以降、都はアクロピアに移され王族は代々光の精霊、宰相はそのゼフィロスが晩年務めて依頼風の精霊が就任するようになった。
ボレアースは代々の宰相の中でも優れた宰相であり民衆の間での人気も高いが、ラクスは幼い時分からどうも彼が苦手だった。理由は分からないが、それは唯一ラクスが畏怖を感じる者であるからかもしれない。
レニタスが温厚で柔和なイメージを周囲に与えるのに対し、ボレアースはその生真面目さと厳格さのせいか威圧的なオーラを纏っている。民衆からすれば、いかにも「お偉いさん」と認識でき良いのかもしれないが、彼と接する時は緊張まではしなくともどこか落ち着かず、この世界で一番敵にまわしたくない者だ。
そのボレアースが何事か国王に耳元で囁き、ようやく国王は続いた沈黙の中で口を開いた。
「本日は誠に申し訳なかった」
開口一番、国王らしからぬ謝罪。どこか項垂れた様子で国王は話を続ける。
「わしも年をとったのだろう。結界が張り巡らせているはずのこの王宮にダークリットが多数入り込むとはわしの術が衰えたせいだ。だがわしは何も言い訳をしにこの場にそなた達を呼んだのではない。時が来たことを悟ったのだ。提案がある」
国王の語調は話が続くにつれ、ハキハキとした意志の強さを感じさせる者になっていった。
「次期王位継承者を決める選考を行いたい」
ああ、これはもめるな。イルミネ貴妃を筆頭に、とラクスは人ごとの様にその言葉を聞いていた。