史上最悪の国王誕生祭 6
「何がどうなっているんだ!?」
部屋に入るなり、珍しくラクスは取り乱した様子で前髪を掻きあげた。
混乱が収集せぬまま有耶無耶になって終わった誕生祭。一般の者は帰され、負傷者は病院に搬送、貴族達は後に開く緊急会議のため王宮内に待機となった。
「確かに今日は、前代未聞のことばかりが起きますね……」
ラクスに続いて部屋に入ってきたレニタスはいつもの落ち着いた様子で、だがどこか同情するようにラクスの顔を伺う。
今、ラクス達がいる部屋は王宮内にあるラクスの部屋だ。幼少期から長い間ラクスはここで育った。王宮を家出するように去ってからは、月に2度も訪れれば多い方。王宮に仕える者達は、ラクスがいつ帰ってきても大丈夫なようにいつでも万全に部屋を整えている。家具には埃一つ見当たらない。
ソファにどさっと座り込みながら、ラクスは深く溜息をついた。
まず何から考えればいいのか。
その疑問を読み取ったかのように、レニタスが手始めに1つの話題を振る。
「ユメさん、いや、ディアナ様はご無事だったのですね……」
ラクスはレニタスに向かい側のソファの座るよう促しながら、直前のレニタスの言葉にふと違和感を覚えた。
レニタスはユメが何から無事だったと言っているのだろう。何を指して言ったのだろうか。忽然と消えてしまった紫の洞窟でのことか。それとも、16年前の悲劇のことか。
16年前。この世界では、始祖達がこの世界を作り上げた年を0年と考え、現在は5252年。つまり、あの不審な悲劇が続いた年は5236年。
悲劇。これもしっくりしない言葉だとラクスは内心苦笑する。何が悲劇なのか。身内を含め、謎の死を遂げた者がいることか、それともその裏で謀を企てた黒幕がいることか。
ラクスはもう一度溜息をついた。いろいろとありすぎて疲れているのだろうか? 思考が離散しており、返って混乱を招いている。
「ユメは……」
無理矢理、思案の焦点をユメに戻す。
「ユメは……怪しいな」
「と申しますと?」
レニタスが鋭い声で聞き返す。
ラクスはゆっくりと考えをまとめながら、慎重に言葉を選び始めた。
「月の精霊、ディセムの娘であることは間違いないと思う。あの光は紛れもないものだった。最初のも、後のグリフォンと同調して発した強烈な『浄化の光』も」
「そうですね。あれほどの強力な術を使える者は限られていますし、そもそも月の精霊は現在ゲントゥム様の他にその弟とその息子。風変わりな親子と聞いていますが、どちらも娘がいるとは聞いておりませんし、月の強力な術を使える少女と考えれば、行方不明だったディセム様のお嬢様しか当てはまりません」
「あくまで世間体で知られている家系が正しければの話だ、レニタス。基本、月の精霊は秘密主義でその態度は僕ら王族に対しても変わりない。今更になってーー」
そこでラクスは苦笑する。
「今更になってユメの話は本当だったんじゃないかと、思ってしまうんだ。当初は話をうまく合わせながら、完全に信じていなかったが……」
「ラクス様、それはゲントゥム様の話が偽で、錯乱状態だと考えていたユ、ディアナ様の話が真であるとお考えているということですか?」
「調べたんだ。昨日、王宮図書館で一般公開されていない禁書を。興味深い文献があった」
それは、4000年前そして1500年前にも起こったという史実。精霊が人間界へと渡り、人間の肉体を使いそこで暮らしたという。結果、その精霊の存在は人間界には存在しないはずの、いやあってはならぬはずの技術をもたらし、文明に多大な影響を及ぼしたらしい。それは必ずしもよい影響ではなく、この史実が一般に隠されている理由はそこにある。
禁書は七大頭首を始め、貴族達は閲覧可能だ。ディセムやゲントゥムがこの史実を知っていてもおかしくない。
「レニタス、今日のユメを見て何か感じたか? どことは言えないが、雰囲気が変わったと思わないか?」
「言われてみれば、確かに最初馬車からディアナ様が降りられた時、すぐにはあのユメさんだと悟れませんでした」
レニタスの答えに、ラクスが頷く。
「実は1500年前に人間界へと渡った者は、その後精霊界へと戻って来たと記してある。王立研究所に所属していた者だ」
「その方がディアナ様の外観と関係が?」
「その研究員は自分を研究対象として日記のような者を残していた。その手記の一部が残っている」
そこには以下のように記してあった。
『私の精霊としての身体は、人間の身体を借りているうちにその肉体と融合し、半人間半精霊のような存在になった。かつての人間の外観(死んで間もない遺体)は、私が使用するにつれ、徐々に変化していった。だが精霊界に戻った後、すっかり私の一部となって同化していた人間の肉体は、不可視ではあるがゆっくりと朽ち果てたらしく、私は完全にではないが以前精霊界で暮らしていた時の姿に戻っていった。繰り返すが完全にではない。人間の肉体が私の精霊の身体に与えた影響のごく一部は消えず残り続けるようだ』
驚愕すべき史実、興味深い文献にラクスは没頭した。第二王子で歴史のみならず、多彩な分野について英才教育を受けてきたラクスも、今までこの様なことは耳にしたことがない。
この国では王立研究所内以外では、人間界と精霊界の一線を超えて使用する術をタブー視する嫌いがある。ましてや精霊自身がその一線超えることなど、可能であったとしてももってのほかのことだ。
人間界との境界線を超えるための術は、人間界にある自分の命の源、オリゴから引き出すサンギスを使うもの。言わずもがな高度な術であり、命に関わるハイリスクなものだ。所望しても、使用できる者は多大なエナジーを有し、術使いも卓越したものに限られる。王宮はその限られたわずかな者が出入りする場所。王宮でも語られないのは、そのためか。
『私の人間界への渡航はわずかばかり使えた術を用いることで、その地域の文明に大きな発展もたらしたが、それはその文明が滅びる所以ともなった。後悔したところで元に戻すことは不可能であり生産的でもないが、我々はこの類の研究に終止符を打つべきかもしれない』
以上は手記の最後の一節だ。彼は少なからず、一線を超えて人間界へと渡ったことを過ちだと認識していた。
「確かに、ユメさんの外観が微々ではありますが変化した理由、今のラクス様の話で説明することもできるでしょうが。しかし、正直なところ、それだけでは……」
レニタスが言い淀むが、ラクスはその言わんとするところをはっきりと理解していた。
「もちろん、全く断言はできない。けれど、今日のゲントゥムの話、あれが本当だとも到底思えない。ゲントゥムは知っている。そして隠している。何を何のためにということを僕達は、殆ど探れないが……」
そこでラクスは視線をレニタスの足元のあたりに落とした。
「ユメが結局ディアナとして‘月城'に帰還したのは、不穏な動きには間違いない。そして口裏を合わせているところを見ると、ユメは完全にゲントゥムに加担しているようだ。紫の洞窟でもゲントゥムの会話を一切明かそうとしなかった。恐らく僕の責任だ」
ラクスが殆ど独り言のように呟く。
「僕が全くユメの話を信じず、あんな形で頭首達の前に引っ張り出したから。信頼されていないどころか、根にもたれていてもおかしくない」
レニタスは口を閉じたまま、苦々しく自嘲するラクスの顔を見つめた。
あの紫の洞窟へ足を踏み入れた一昨日のこと。ラクス達と別れたレニタスは洞窟内の別の場所に飛ばされ、次から次へと出てくる化け物達、雑魚ではあったが、と戦っていた。キリがないのでいつまで続くのかと辟易し始めた頃、何の脈絡もなく突然吐き出されるように洞窟から追い出され、気づいたら洋館の庭に戻っていた。ラクス、イグニフェルも同様に。ただユメだけが忽然と消えていた。
あまり表には出そうとしなかったが、ラクスはその日珍しくもそれなりのショックを受けていたようで、すぐにゲントゥムと連絡をとろうとし(取り込んでいて忙しいと断られたが)、書斎の本を漁ったかと思うと次の日は王宮図書館に足を運んだ。ユメの消失に多かれ少なかれ責任を感じていたのは間違いない。
今回の一連の出来事も、自分に厳しいラクスのことだからその肩の荷として背負うだろう。今までに、もう十分背負ってきたというのに……。
レニタスがそんな寂寥感を覚えた時、ふと周囲に張り巡らしておいた術により一つの気配を察知した。
「ラクス様、来客のようです」
直後、部屋のドアをノックする音が聞こえる。レニタスが立ち上がり応対すると、王の使いのもので15分後に緊急会議を開くということだった。