史上最悪の国王誕生祭 5
ゲントゥムの説明が終わり、ユメが腕輪を再びはめ、辺りのざわつきようやく落ち着きを見せた頃、国王はようやくゲントゥム達に席に戻ってよいという合図を出した。
ユメは空いていた席にゲントゥム、マルスの間に挟まれるようにして座る。席に向かう途中の頭首陣の無視できない視線と緊張した空気。
超然としていればいい、というゲントゥムの言葉を胸の中で繰り返しながら、ユメは誰とも目を合わせず前だけを見つめていた。もちろん視線をぶつける者の中には当然ラクスも含まれ、更にはお互い席もわずか数席しか離れていなかったが、一瞬たりとも目を合わせることはない。
何がユメをゲントゥムのいう通りに行動させるのか、ユメ自身分からなかった。月の精霊の一族としての自覚が当然あるわけでもない。もしかしたら、いつもの常套手段、「諦め」を用いてただ流れに身をまた任せているだけなのかもしれない。ラクスやゲントゥムの意思、この世界の動向には冷酷な程、無関心に。
だが一方で今回ばかりは、無関心という言葉がすんなり納得の鋳型に当てはまらないような気もする。もしかしたら、探ってみたいのかもしれない。自分が精霊として生を受け継いだ場所、そして由縁を。
静まり返る群衆。国王の頷きにより、今回のメインである催しが始まる。
国王誕生祭。その一大行事は、貴族達による見世物、先日ラクスの洋館で開かれた会議によって計画されたものだが、貴族、そしてそれに続く他の精霊達による「舞い」で彩られる。
頭上高くでその「舞い」は成されると、マルスはユメに説明した。王宮前広場に集まった群衆も楽しめるようにだ。
始まりに期待を寄せる緊迫した状況のなかで、まずアルボアが立ち上がる。優雅な足取りで、レース素材の深緑のワンピースを揺らしながら円陣の中央に進む。中央に辿り着くと、一息ついた後、空を仰ぐ様に両腕を上に向かって大きく広げた。
一拍の無音の後、立ち昇るように現れる緑色の円柱上の光。前にある王宮の屋根の高さまで真っ直ぐに伸びたかと思うと、不規則に所々がゆらゆらと波立つ。
大きな波、小さな波を作りながら、柱の表面が少しずつ全体の形を変えるように蠢く。
まだその形がはっきりと形成される前に、緑の光を包むようにして突然現れる水柱。
見ると、いつの間にかマレが立ち上がり、アルボアから少し離れたところで術を繰り出していた。頭首達の中ではダントツに小さく子供のような体型だが、発生させている巨大な水柱は、アンバランスな程の威力をもって天に向かって吹き上げる。
水柱の中で緑の光はなおも輝いており、美しい。
ソラ、そしてその隣にいた美少女が同時に立ち上がった。水柱を囲む一つの輝く環が現れる。円柱からある程度離れた席からでも、感じる環の熱。まさに太陽の日差しが与えるそれだ。やがて環はその直径を縮めるようにして小さくなっていき、水柱の外縁に触れたかと思うと、水柱と共に爆発を起こした。
水しぶきが広範囲に飛び、爆音に驚いた者達から悲鳴があがる。が、続いて聞こえるのは数々の息を呑む音。
水柱の後に姿を現したのは、緑の光ではなく巨大な大木だ。空に伸びる長くて太い枝は、葉1枚もつけていない。
ふと雨が降りだした。天然のシャワーのような優しい雨。もちろん、マレだ。日の精霊も休むことなく、春にさすようなうららかな日差しを作り出す。それに合わせて、小さな虹が降り注ぐ雨の中に発生する。
やがて大衆の期待を裏切らず、太い枝は青々とした大きな葉、続いて蕾までも実らせる。ゆっくりと蕾を開いて咲く、薄桃色の大きな花。雨が止んだ。と同時に淡い緑の光が花から漏れ出るが、次の瞬間には消え去り、代わりに花びらの上に着飾った少女達が現れる。
辺りから歓声が上がった。白いワンピースに、頭にのせた花輪。その周りを散る花びら。花の上で舞う彼女らは言うまでもなく、花の精霊達だ。
その中にユメはフローラを見つけた。幸せそうに微笑みながら、舞っている。眩しい、とユメは感じた。どんなに着飾っても、また同じような術が使えたとしてもユメはきっとあそこまで輝くことはできない。同じ衣装、同じ舞をしている少女達の中で、際立って輝き人目を吸い寄せるのはフローラの生まれもった天性のようなものだろうか。第二王子ラクスの許婚、誰もがそれに納得して頷くに違いない。
そうしているうちに、今度は大木の根元の周りの地面が蠢き出した。ルチアが席を離れていることに気づく。ガランとしてきた頭首席の列の中でイグニフェルは未だ席についていたが、自分の出番を今か今かと待ち構えるかの様に大きく貧乏ゆすりをしていた。
静かに動き始める大木の根元近くの地面。今度は何が出てくるのかとユメが見ていると、大量の砂が吹き上げた。とぐろを巻くように大木を包んでいく。砂の中に大木がすっぽり入りやがてその中に姿を消した時、砂は竜巻の様に最初渦巻いていたが、再び姿を変え始めた。
観客から悲鳴があがる。大木、そして精霊達も消え、代わりに出現したのは大木と変わらぬ大きさの砂でできた大蛇だ。本物の蛇のように滑らかな動き。台座と向かいあうように立っていた群衆に対しシャーっと威嚇し、思わず多くの者が再び悲鳴をあげるが、それも次の瞬間に起きた大爆発に掻き消された。
ルチアに代わって今度はイグニフェルだ。突如現れた盛んに燃え盛る炎は、その中央から小さな火玉を発し、それは小さな爆発音をたてて消える。そうしたところへ、上から数々の隕石が降る。
イグニフェルの横でアウルムが空を仰いでいた。隕石が火を消し去る。そこへ雨がまた降り始める。通り雨の様に一時的に激しく。雨が止んで強い日差しが隕石を照らす。周囲の小さな隕石が日に照らされ消滅していく中、中央にあった一際大きな隕石はバリっという大きな音をたてて割れ、中からはユメの身長程もある、青く美しく輝くラピスラズリ。それは地面から離れ、頭上の空気中で停止した。
そこで王宮、広場にふと影が漂い始める。不思議だ。空は青空が広がっているのに、その場だけ影に包まれ薄暗い。観客達の興奮がその暗い空気中に入り混じる。
影の中で一本の光が影にラピスラズリをを照らした。日の光ではない。ユメは隣を見上げた。立ち上がったゲントゥムは、至って冷静に術を繰り出していたが、暫くすると観客席の方にコクンと頷いた。
それを合図に黒いローブを身につけた集団が群衆の中から出てくる。いつの間にかむこうに待機していたマルスを筆頭に。星の精霊達は皆、先に小さな丸い光る水晶(色はマチマチであるが)がついた杖を手にしており、マルスの合図でそれを頭上に突き上げた。
次の瞬間ユメは、目を見開いた。ラピスラズリを取り囲むように現れた無数の小さな光でできた星座達。ゆっくりとメリーゴーランドのように回りだし、凄く綺麗だ。全身を光らせながら、優雅に空中を舞う動物達。流れ星のように素早く目の前を過る矢。美しい模様が描かれた水瓶。思わず恍惚状態になってしまう程、綺麗な調律を奏でる琴。
見事なクライマックス。星と月の精霊達は少しも他の精霊のパフォーマンスに引けをとらない。
ふと辺りが一段と暗くなった。誰もがまだ「舞い」の続きであると思ったにちがいない。ユメもその一人である。だが暫くして様子がおかしいことに気づく。琴の音が止み、星座達が消えた。
一瞬の緊迫の後、頭上ではなくすぐ近くで複数の爆音。暗闇の中でよく見えないが、上から何かが次々に降ってきているのが辛うじて分かる。観客達の響き渡る悲鳴。「舞い」の最中の驚きのそれとは、一線を画する叫び。身の危険を間近で感じ発せられるものだ。
途端にパニックになる場内。広場から聞こえてくる声で、王宮前広場も同様の状況なのが容易に察せられる。
ユメもパニックには陥りはしなかったが、このまま座っていては危ないと感じ暗闇の中で方向感覚も麻痺したまま、勘で足を進めた。
そうしていると背中、そして首筋あたりにふわっとした何かを感じ、即座に振り返る。するとそう離れてないところに、2つの小さな光。ユメは感覚でその1つが誰のものであるか察知した。
2つの光は最初は小さかったものの、数秒後その強さを増しながら一気きに場内に広がった。
闇が消えた。王宮、広場がもとのままで姿を現す。戦闘体制に入って散らばっている貴族達と、地上、空中に無数に現れらダークリットを除いて。
混乱は未だ消えない。宙に浮いたダークリット達は、攻撃をしかけながら隕石のように勢いよく降ってくる。
ユメを目掛けて1体のダークリットが降って来る。ユメは間一髪で避けた。幸い周辺の騒ぎの声で、ダークリット達の苦しみもがく呻きはほとんど聞こえない。だが攻撃を外したダークリットは容赦なく即座に飛びかかって来る。
再び避けるユメ。しかし次の瞬間、背後から襲い掛かってくるダークリットに気づく。その背後にラクス。
ユメに迫り来る影をよそに二人は一瞬無言で見つめあった。いや、見つめ合いというよりは探り合いだ。お互いに相手の意図を読み取ろうとし、そして……。
周波数の合わないラジオのように辺りの騒ぎが小さく遠くで聞こえ、時が停止する刹那。その中で瞬きをし、目を見開いた瞬間、目と鼻の先にはダークリットがいた。怖くはなかった。影がユメに触れる、一秒ないその寸前で強い光がダークリットを捉え消滅させる。はっとして一方のダークリットを見ると、既に輝く炎に包まれて動きが阻まれているところだった。
「ディアナ様、お怪我はありませんか?!」
慌ててこちらに駆けて来るマルスとそのすぐ傍にポチ。うまく敵を捉えたことを誇るように、空に向かって炎を吐いている。
ユメは小さく息を吐いた後、マルスにお礼を言い、振り返ってラクスにもつたえようとしたが、既にそこにはいない。
立ち込める砂ぼこりの中 周囲を見渡すと、あちらこちらに意識を失って倒れている者や怪我をしている者が目に入る。自分がうっかりしている間に事態が更に深刻していることに気づき、ユメは今更になって焦り始めた。とりあえずダークリット払拭には力になれないので、負傷者を助けようと2、3歩踏み出して、異変に気づき停止する。
「何これ……」
負傷者達の横たわる周囲の地面が、沸騰した湯水に様に泡立ち始める。ボコボコと音を立てながら、負傷者達を乗せたまま盛り上がり、やがてそれは担架の形へ変化した。
ユメは周囲を見渡した。予想通り、騒動の中で落ち着きを払い、だが険しい表情で担架を操るルチア。その隣には夫人と見える女性も手助けをしている。担架は次々に負傷者を安全な場所へと運んだ。
「どうしよう……」
困惑しながらユメは呟く。逃げるべきか。この場に留まっても足で纏いになる。かと言って、台座横の列席に腰をかけていた貴族達が他の精霊達を守るべく果敢に戦っている中、ユメだけ避難するのも気が進まない。
「いい度胸してんな、お前ら」
イグニフェルが笑い声をあげながら、ダークリット達を蹴散らす。
「よりによって俺ら七大貴族、最高戦力が集まってる時に奇襲をかけるとは」
その背後ではアウルムが岩石を飛ばして応戦している。
アルボア、そして同じ木の精霊の一族とみられる者達は担架で運ばれた負傷者の治療。ラクス、金髪の青年はダークリットを外に出さないよう、光の囲いを駆使して台座前の中央に集めている。
ゲントゥムは光る弓矢でダークリットを貫く。弓に刺されたダークリットは、弓の刃先から漏れ出した光に包まれ消失した。
マルスは他の精霊達と共に何かを詠唱していた。それが終わると同時に、巨大な魔方陣が現れ、さらにそこから大きなグリフォンが飛び出した。威嚇するような咆哮と共に、翼を何度もバタつかせ竜巻を発生させる。その威力も貴族達に劣らず、数体のダークリットを巻き込んで一気に消失させた。
一方国王はというと、どこからか取り出した光る剣でラクスに似た強烈な光を放ちながら、意外にも前線で健闘。意外と言えば、マレも他の貴族達に引けをとらず、戦っている。
「タマちゃん、行くよ!」
頭上のシャボン玉に寝そべっていたおたまじゃくしが大きく飛び跳ね、一瞬光ったかと思うと巨大なカエルになった。その体のぬめり具合と気持ち悪さは、紫の洞窟で邂逅した化け物と変わらず、ユメは慌てて目をそらす。
今度の視線の先では、ソラが太陽のミニチュアのような光の球体を出す。
「焼き尽くす日の光よーー。アポロン・フレア!」
瞬間、光の球体が大音量の音共に爆発。場にいたダークリットの半数が一気に消える。
「相変わらずやるな、ソラのやつ」
イグニフェルがソラの活躍に息を巻く。
「んじゃ、俺も! 」
イグニフェルが術を繰り出そうと構える。だがそれは不発に終わった。ダークリットの奇妙な動きにいち早く気づいたからだ。
「なんだあれは?」
ユメもイグニフェルの視線の先を見た。頭上高くに散らばって浮くダークリット達。地上にいたダークリット達。どちらもゆらゆらとある空中の一点を目指して移動する。
砂ぼこりが収まった。貴族達は、ダークリットの奇妙な行為を静止して伺っている。
やがてダークリット達は、一点に集まると黒い影のようなオーラにあり他のダークリットと融合始める。
「父上!」
金髪の青年が国王に向かって叫んだ。
「この動きは? ダークリットのこのような行為は初めてです」
国王はそれには答えず、今や巨大な影の塊と化としているダークリットを無言で睨みつけている。地面に先を向けた剣を握る右手が、僅かに震えている。
これまで見てきた中で一番不気味だ、とユメは思った。もはや人や獣の形もしてうないのに、生き物様に蠢く影。
肌で感じる邪悪な気配に鳥肌をたてた刹那、突然体がダークリットの塊にぐいっと引き込まれるような感覚を覚えた。中に取り込まれそうな吸引力に、ユメは小さく悲鳴をあげる。
よろめいて、その拍子に落とした視線。ユメは依然として地に立っており、ユメの不自然な動きに気づく者はいない。
煩い心臓の音を聞きながら、ユメは未だ自分の体がおかしいことに気づいていた。さっきの感覚とは異なり、実際はダークリットに吸い込まれたのではない。影が、いやそこから放たれる闇の方がユメの瞳に入り込んできたのだ。
顔をあげると、依然としてダークリットを見上げる頭首達と王族。グラリと内側からくる振動に、ユメは必死に足に力を入れ持ちこたえる。
体の奥底から深い悲しみが湧き上がった。絶望だ。世にある全てのものが無意味であり、自分の存在さへもいっそ張り裂けて消えた方がいいと感じる。
「攻撃がくるぞ。今までので一番強力な力を感じる!」
ラクスの声が遠くで聞こえる。
ユメをすっぽり包む 悲しみの中で別の感情が生まれた。
よろめきかけていた体を姿勢を正して、立て直す。
ユメはダークリットではなく、視界に入る頭首達、そして王族、ラクスを見つめた。
彼らがーー。
憎い。
素知らぬ顔で平穏に生きる彼らが。自分達が他に与えた不幸を顧みず、平然と生を楽しむ彼らが。
ーーいっそ死んでしまえばいい。
何かに支配され、遠のきそうな意識の中でユメは自分がゲントゥムから貰った封印の腕輪を静かに外すのを感じた。未だユメの異変に気づく者はいない。
違う!
完全に消え去ろうとしている意識を踏ん張って繋ぎとめながら、ユメは心の中で叫んだ。
ダークリットの集合体が巨大な球体のまま動き始めた。空中で大きな弧を描き旋回すると、一気に急降下し、そのまま地上にいる者達に突進してくる。
ーー今だ、彼らを攻撃しろ。
低い男の人の声がユメに命令する。
「構えろ!」
アウルムが叫んだ。影は初めマレの方に襲いかかってきたが、途端に庇うようにして出て来たカエル、イグニフェルの炎の盾とルチアの土の盾に遮られ、再び空中に舞い上がる。
ーー何をしている、早くやつらを攻撃するのだ。
違う。これは私じゃない!
勝手に人の身心を乗っ取らないで!
「また来るぞ!」
ーーやれ!
「違う!!!」
ユメは声に出して叫んだ。瞬間、大量のエナジーが光としてその体から放出される。一斉にユメに振り返る頭首達。
と同時に、けたたましい鳴き声があたりをつんざく。グリフォンだ。
ユメは何かを意図したわけではない。ただ内側の闇の声に向かって叫んだだけだった。それなのにどういうわけか、ユメの発した光は、矢のようにグリフォンへと発された。
光とグリフォンがぶつかる。グリフォンの咆哮。ついで出された黄金の強力な炎が真っ直ぐにダークリットを直撃する。
直後、ダークリットが衝撃で元の大きさに分解され、空気中に飛び散った。
「あれは……」
散らばったダークリットを見上げた者達が驚愕する。影だったはずのダークリットは、散らばった瞬間に精霊の姿に変わっていた。
地上を見下ろすように浮かぶ精霊達。言葉はないが、皆穏やかな顔をしている。
「浄化の光」
やや蒼ざめた顔のゲントゥムがポツリと呟いた。
やがて浮かぶ精霊達は数秒後、王都に来る道中馬車内で見た精霊と同様に、空気と化するように消え去る。
黄金の炎がダークリットに衝突するまでなんとか持ち堪えていたユメだが、光を放出しきった後全身の力が全て抜け、視界が暗くなると同時に意識も遠のき、ぐらりと大きく揺れその場に倒れた。
「ディアナ様!」
最後にマルスの声を近くで聞き、ユメは静かに目を閉じた。