史上最悪の国王誕生祭 4
「単刀直入に言わせて頂きますと、ここにいる娘は私の実の孫娘です」
「なんと……」
国王が驚きの声と共に目を見開く。台座横の頭首陣、そして背後の大勢の者達の息を呑むのが聞こえる。
「確かなのか? しかし、実の孫娘となるとお前の……」
予想もしなかった事態に、今までの威厳があり、気難しげな態度が一変、少し狼狽えている様子の国王をユメはぼんやりと見つめながら、昨日のことを回想する。
ーーお前は正真正銘、私の娘ディセムの娘、ディアナ・クレセントだ。
「はい、その通りです、陛下。16年前、天変地異が起こっていると騒がれたあの年に亡くなったディセム、私の娘をまだ覚えてらっしゃるかと推察いたします」
国王が慎重な面持ちで頷く。
「もちろん、忘れておらぬ。あの悪夢のような一年はわしも大事な者を亡くしたゆえ、16年たった今でも忘れることはできぬ」
国王の言葉に、同じく台座に座っている女性が少し身じろぎをした。心なしか扇を仰ぐスピードが早くなったように感じる。
「私の娘、ディセムはあの年の2年前、星の精霊の者と結婚し、ここにいる娘、ディアナ・クレセントを産みました」
ーー母親を知ったからには、父親のことも気になるだろう。世間ではディセムは星の精霊のある青年と結婚したことになっておる。だがあくまで表向きの話であり、実際は違う。お前の父親は……それを話すのは今はまだ早いだろう。もう少しこの世界のことを学び、成長し、術を使いこなし、月の精霊、つまり私の後継者として自覚をもってからいずれ話そう。
国王は再び視線をユメに移し、軽く数度頷く。
「覚えておるぞ。ディセムは聡明で心優しく、かつ優秀な術使い。ゲントゥム、お前の才能をそのまま受け継いだようだったの。そのディセムが腕に抱いておった赤子、それがこの少女だというのか?」
「その通りです、陛下」
「お前がそう断言するのであれば、疑う余地もないが……。しかし、なぜ今になって? ディセムが亡くなった16年前、その忌まわしき不慮の事故により子供も亡くなったと聞いておったが」
「えぇ、私もずっとそう思っていました。ディセムは術の鍛錬を子供をもうけてからも怠ることなく、危険な上位の術は控えるようにと日頃から注意していたものの、あの日術の練習の最中に誤って自らをその強力な術で貫いてしまった。何が原因かは今でも分かりかねます」
ゲントゥムが目を伏せた。計画通りに話を運びながらも、その顔は苦渋の影を帯びている。
ーーあの日、お前の母親は何者かに狙われ殺された。一緒にいたお前も狙われたのだ。
「噂されているように、今この国を悩ませているダークリットも16年前から出現し始めました。もしかしたらディセムの死はダークリットに関係しているかもしれないと私は思っています。……話が逸れましたが、その時以来、ディセムの娘は忽然と消えてしまいました。ディセムの亡骸はあれど、一緒にいたはずの子供は遺体なども見つからず、行方不明。当時どこかで生きているのではないかと、私は随分探しました。やがて見つからないまま、数年が経ち私はやはり子供も亡くなったのだろうと諦めていたのですが、今頃になって、16年も後になって見つけることができました。それも陛下の御子息、第二王子であられるラクス様のお陰で」
そこでゲントゥムが軽くラクスに向かって一礼する。
「ラクスが……?」
国王は困惑した表情で、台座の横の列の席に座っているラクスを振り返った。当のラクスは苦々しげな顔をして、ゲントゥムを見ている。ゲントゥムの言っていることを信用していないのは明らかだった。もっとも相手が信用するかどうかなど、問題でないとゲントゥムに言い聞かされていたが……。
ふとユメがその横を見ると、ラクスと同じ金髪の青年も、まるでまずい食べ物でも口にしたかのように顔を顰めている。
「ラクス、どういうことだ? 説明できるか?」
国王の言葉に、ラクスは立ち上がり一瞬だけ鋭い一瞥をユメに与えた後、ユメとの出会いからの出来事を完結に話し始めた。
ダークリットに襲われていたこと。人間界での記憶、真実の光、幾重ものかけられた術。そして紫の洞窟へ。
ラクスの説明が終わると、国王は未だ困惑した表情で、だが鋭い声でゲントゥムに質問を浴びせた。
「人間界で過ごした記憶? 紫色の洞窟で行方不明だと? これをゲントゥムどう説明するのじゃ?」
「あくまでも推測でしかありませんが、ディセムは親の私から見ても優秀な術者でした。何が原因か、それは分かりません。しかし強力な術を受け、記憶喪失、ある種の錯乱状態になったと思われます。それでラクス様のご意志で洞窟に連れられた際、真実の泉で付着していた幾重もの術が解け、聖地に宿るセレーネの力により、本来戻るべき場所、‘月城’へと16年ぶりに戻ってきたのでしょう。城の部外者を入れぬ結界を越え、入り口の前で倒れておりました」
ーーディセムは致命傷を負いながらも禁じられたサンギスを使用するの強力な術、それを応用した更に危険な術を使いお前を人間界へと送り飛ばした。
「ふむ。あくまで可能性としてあることじゃな。だが、この16年どこにいたというもじゃ? 一人で森を彷徨っておったのならば、命はとうに尽きておろう……」
「私も同様の疑問を持ち、マルスに早急に調べさせたところ……」
ユメの背後でマルスが軽くお辞儀をする。
「村からはずれ辺境に住んでいた星の精霊の女性が16年前に幼子を保護して育てていたということが判明しました。もちろんディセムの娘だとは思いも寄らなかったようです。保護された時の様子を聞くに、術の影響で若干容姿、髪や瞳の色にも変化があったようです。これで探せど、ディセムの娘が見つからなかった理由も説明できましょう」
ーー恐らく人間の子供、魂が反発しにようにと一方の魂が消えた身体、つまり人間の子供の遺体にディセムはお前を隠した。
「なるほど、しかし、もう一つその推察では説明できぬことがある。ゲントゥム、お前はどうやってこの子がディセムの娘であると? セレーネの計らいでか?」
「それもありましょう。ですが、何よりも……」
ゲントゥムがそこでユメを振り返り、頷く。そこでユメは打ち合わせ通り、左手首にはめられた腕輪を外した。
ふわっと軽くなる体。何かが自分の身体から空気中に発されているような感覚。ふと夜空の満月、そしてその一部を覆う黒い夜の雲が頭に、いや伏せた瞼の上に浮かぶ。
それに呼応してか、黒い雲のような物体がユメを包んだかと思うと、そこにまばゆい月の光がユメを中心にさす。
周囲にいる者が驚きの声をあげる。国王がやや身を乗り出し、隣の女性がまるで眩しく感じるかのように目を細めるのが見えた。頭首座席のざわつきから聞こえるイグニフェルの驚きの声。ラクスの微塵の変化もでない顔、それでいて突き刺すような視線。
ユメはもはや緊張は微塵も感じず、どこか辟易として空を見上げた。今日は白い雲がくっきり浮き出て見えるくらいに、空が青い。吸い込まれそうで、どこか不気味だ。
ーーお前は16年間、人間として生きてきた。そしてある程度歳を重ねた今、私はディセムの残した痕跡を辿り、お前を引き寄せた。
冷んやりとした秋風が肌をすっと撫でる。
ーーディアナよ、采は投げられた。この世界に来た今、お前は紛れもないディアナ・クレセント、月の精霊の長の後継者だ。