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金髪の少年

聞こえてくるのはピアノの音色。

今ユメがいるのはふかふかのベッド中。

周りにあるのは見るからに高級な家具。

ベッドのそばには小さな丸テーブルが置いてあり、その上の花瓶には白い小さな花がいけられている。


「夢だったんだ……」

そうつぶやいて数秒後、ユメはがばっと上体を起こした。

「ちょっと待って! ここどこよ!?」



手を額において、何かを思い出そうとするも、何も思い浮かばない。

あの黒い影と金髪の少年。

そこで記憶が途切れている。



「とりあえず、どうしよう……」

そこで改めてピアノの音色に気づく。

美しい旋律。

誰が弾いてるのだろうか。

ユメが一度も聞いたことのない曲だ。

綺麗なソプラノのメロディ。

幻想的で美しいけど、その一方で哀愁をも漂わせる。



自分がどこにいるかも、どういう状況に置かれているのかも全く分からなかったのに、ユメは恐怖を全く感じなかった。

ゆっくりとベッドから出ると、そのピアノの音に誘いだされるように、それが聞こえる方へと向かった。



部屋を出て、長い廊下に出る。

どうやら結構大きい洋館らしい。

等間隔で壁にかけられている洒落たランプ。

気品を漂わせる絨毯。

ところどころにある絵画、花瓶。



やがて階段に行きつき、ユメは静かに下りた。

階段の子柱の一本一本にも重厚感を漂わせる装飾が施されている。

階段の下は、大理石が敷き詰められた玄関ホールになっていた。

高い天井には豪華なシャンデリアが取り付けられている。



階段を下りて、右手にある茶色の両開きのドア。

ユメはそこへゆっくりと近づいた。

ピアノの音色が聞こえてくるところ。



一瞬のためらいもなく、金色のノブに手をおくと押した。

ふいに止むピアノの音。



「目が覚めたんだね」

予想通り、ピアノの影から現れたのはあの時の金髪の少年。

「もう体は大丈夫? レニタス、お茶をもってきてくれるかい?」

そこで初めてユメはその部屋にいる、もう一人の存在に気づいた。

白髪交じりの髪を短く切り込んだその人は、映画などに出てきそうな執事のような格好をしている。

「すぐに」

レニタスはそう答えると、ユメの方を見て柔らかく微笑み、きびきびとした歩調で背後のドアから部屋を出て行った。



「助けてくれてありがとう」

いろいろと質問攻めにしたいのを我慢しながら、ユメはその一言をようやく口にした。

「危ないところだったね、偶然通りかかってよかったよ。まぁ、立ってるのもなんだし、そこに座ってよ」


ユメは頷くと、言われたとおりに示されたソファに腰をかけた。

その金髪の少年もローテーブルを挟んでの向かい側に腰をかける。

無遠慮なのも忘れて、ユメはまじまじとその少年を眺めた。

優雅な金髪に透き通るエメラルドグリーンの瞳。

きっと100人中100人の者が美少年であることを認めるだろう。

年齢はユメと同じくらいのように見えた。




少年が口を開き、そこでユメははっと我に返った。

「僕の名前はラクス。君の名前は? なんて呼べばいいかな」

「ユメ。杉原ユメ」

「ふうん。変わった名前なんだね」

そこでユメは小さく首をかしげた。

「そうかな? よくある名前だと思うけど」

「僕はあまり聞かない名だな。単刀直入に聞くけど、なんで君はあんなところにいたの? どこの者だい?」

「どこの者? 言っている意味がよく分からない」

「どこに属する精霊かって聞いているんだよ」

「精霊? 何のこと?」

そこでラクスは驚いたように少し目を見開いた。

「君、記憶が飛んでいるのかい? 今まで自分がどこで暮らしていたとか覚えてないののか?」

「私は記憶喪失なんかじゃないわ」

ユメは少しむっとして答えた。

「私は杉原ユメ。さっきも言ったけど。ここがどこかは知らないけど、あんな黒い化け物が実際に出てくるくらいだから、ここは普通の世界じゃないことは察しはつく。けれど、私は精霊とかじゃなくて、ちゃんとした人間。日本の普通の女子高生!」




「人間?」

ラクスは驚いて聞き返したが、数秒後突然笑い出した。

「ハハハ。君はおもしろいな。誰かに錯乱の術でもかけられたのか?」

ユメはまっすぐにラクスを睨みつけた。

「失礼にもほどがあるんじゃない?」

「ごめん。ごめん」

ラクスは笑いで涙を目ににじませながら、謝った。

「あまりにも突飛だったから。ハハハ、だって君がもし本当に人間なら僕達は意思疎通はできないはずだよ」

「どういうこと?」

「ここは精霊の世界。人間の世界の隣にある世界。もちろん人間がこちらの世界に来ることにはできないし、見ることも、発見することもできない。けれどこの世界は人間の世界の隣に位置しているんだ」

「……よく分からない」

「まぁ、とにかく言いたいのは、精霊は人間の言葉で意思疎通してるわけじゃない」

「でも今私達話してるじゃない!」

「君は意識してないみたいだけど、今僕達は精霊の言葉で話している。言葉っていってもテレパシーに近いものだけど」




「お待たせしました、ラクス様」

部屋のドアが開き、白いポットとカップをトレイにのせてレニタスがやってきた。

「ありがとう。レニタス」

「どうぞ」

お茶の入ったカップを出されると、ユメはすぐさま一口飲んだ。

今までに飲んだことのないお茶だったが、その香りと味が心をリラックスさせる。

「おいしいだろ? これは珍しい紅茶なんだ。知り合いの花の精霊の子がいつもくれるんだけど」


一口優雅にすすり、しばらく間をおくと、ラクスは改めてユメを見据えた。

自然と緊張して、ユメは姿勢を正す。

「それでは、仮に君は人間としよう」

「いや、だから本当に人間なんだって……」

「要は、君はあそこで何をしていた? ダークリットが街を離れたあのような奥地で暴れてるのは知ってっなかったのか?」

「ダークリットって?」

「君が意識を失う前に対峙していた、黒い物体さ。あれは精霊の魂の残滓だ」

「精霊の魂の残滓?」

ラクスが頷く。

「ああ。詳しいことは、分かっていない。僕達も調査中だ」

「そう。私はダークッリットなんて全く知らない。何度も言うけど、普通の人間だから。私はただ高校から帰宅途中、校舎の近くにある公園と繋がった小さな森でで、誰かが助けを求める声を聞いたからあそこにいただけで……」


そう、確かに聞いたのだ。


――助けて。苦しい。


少年のような声だった。

姿を見てないので、憶測にすぎないが。



「声? あそこにはダークリット以外は何もいなかった。精霊も、もちろん人間も」

そこでラクスは、手にしていたお茶をすっと飲み干すと、立ち上がり背後にある窓際へとゆっくりと歩いていった。


カツカツと響く足音。

その音に馴染むような静かさをもって、ラクスは話を続けた。


「そもそも人間はこの世界に来ることはできない。隣にあり、同時に存在している2つの世界だが、その境界には、結界がはられている。この線を超えることは、人間には無理だ。魔力を持たない者には、結界を超えての移動は負担が大きすぎて消滅してしまう」






「でも私は、ちゃんと消滅せずにいる」

やや苛立ってユメが答えると、ラクスがこちらをくるりと振り返った。


「試す勇気はあるか? 真実の光を」

すると、ずっと隅に控えていたレニタスが身動きした。

「ラクス様……!それは、さすがに」

「大丈夫だ、レニタス。真実の光は、偽らざる者を痛めつけることはけしてない」

「真実の光?」


ユメが聞くと、レニタスは頷くと同時に、右手の手のひらを上にむけ、少し前に出した。


次の瞬間、どこからともなく溢れるまばゆい光。

ユメは驚くと同時に小さく悲鳴をあげた。


精霊の世界だか、なんだか分からないが、ここは普通の世界ではない。


やがて光はどんどん大きくなり、ユメをすっぽり覆ってしまうほどの大きさになった。


「この中に入るんだ」

その言葉と同時に、その大きな光はゆっくりとラクスの手を離れ、ユメの方に近づいてきた。


ユメは思わず、ソファの上で上体を後ろに反らした。


「怖がることはない。真実を述べる者をそいつが傷つけることはない。嘘をついている自覚があるのなら、身の安全は保障できないが。もちろんそれが偽であっても、本人に自覚がないのなら危害はない」


それでも、ユメは躊躇した。

当然だ。

こんなわけの分からない世界で、見知らぬ者の言葉なんか容易に信じられない。


「やはり、君は嘘をついていたのか?」


神経を逆なでされるほどまでに、余裕のある声。

ユメは気づいたら立ち上がっていた。


諦めること、そしてヤケクソは得意だ。

どうなってもいい。


ユメはラクス、そしてレニタスがやや驚く目の前で、堂々と光の中に入った。

瞬間、光の暖かさが身体の外側から沁みてくるのと同時に、鳩尾のあたりの内側からひんやりしたものが広がっていくのを感じた。

今までにない、不思議な感触。

光であるのに、全く眩しくない。

まるで自分が光の一部にとりこまれているような……。




ラクスはしばらく黙ってユメを見つめていたが、やがて口を開いた。

「そのままで、もう一度君が何者なのか、そして何をあそこでしたのが言ってくれ」


「私は」

まっすぐにラクスを見つめる。

「私は人間の女子高生で、見知らぬ人の声を聞いてあの場にいました」


心臓がさっきからうるさい。

何かが起こるのかと、光の中でユメは硬直して身構えていた。



しかし光はユメを包んだまま、ただゆらゆらと揺れているだけで、しばらく待っても何も起こらない。


「分かった、もういい」

ラクスの一言同時に、光が跡形もなく消える。


その顔は驚きの表情を隠せないでいた。


「レニタス、他言無用だ」

「しかし、ラクス様……」

ややレニタスも動揺しているようだ。

「この件は、しばらく僕が預かる」




「ユメ、確かそう言ったね」

ユメはこくりと頷いた。

「しばらくこの館に滞在してもらう」

「しばらく? いつまで?」

「さぁ、僕にもそれは分からないな。ただ少なくとも君が何者なのか分からないうちは、君が帰るべき世界にはおそらく帰れない」




――何者なのか


その言葉はラクスからではなく、自分の内側から聞こえたような気がした。

それは何度も何度もユメが心に刻みつけて来た疑問だった。

答えが得られるわけでもないことを、また同時に知っていた。



何者なのか。

自分でも分からないのに、他人が分かると言うことはあるのだろうか。



――ユメちゃんってさ、なんとなく浮世離れしてるよね。なんか、他の子達とはちょっと違う世界にいるというか。


いつの日かに言われた同級生の言葉が蘇る。





自分が何者なのか。


物心がついてから消えることのない、違和感。

自分だけ周りから取り残されてるような奇妙な感覚。



偶然なのか、必然なのか。

きっとそれは、重要ではなかった。






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