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紫の洞窟 8

その日は珍しく雨だった。

ユメは緊張して、ラクス、レニタスと共にダイニングで待機している。

三人とも終始無言で、その時を待っていた。


レニタスが入れた紅茶も、皆ほとんど口をつけていない。

体調不良による混濁状態から意識を取り戻したあの日から数日が経ち、病み上がりのためまだ完璧ではないものの、普通に生活できるまでには回復していた。

今三人とも無言なのは気まずさのためではなく、それぞれユメと同じように今から起ころうとしていることに緊張しているから。

少なくともユメはそう感じた。



けれどラクスとレニタスに限ってはこの状況に気まずさを感じて黙り込んでいるという可能性もなきにしもあらずだ。

回復してから、ユメはレニタスやフローラ、そしてラクスは何事もなかったのように今までどおり接したが、どこかぎこちないところがあったのは否めない。

レニタス、フローラ、そしてラクスまでも、どこかしらユメにこの数日間とても気を使っていたし、また少しよそよそしさも感じられた。



仕方がないか。

ユメはため息をついた。

激怒した上に、自分はこの国の第二王子たる人を思いっきり平手で打ったのだ。

ラクスもそれなりにひどいことはしたとはいえ、あるまじき事態。

後で誰も何もそのことに関して追求してこないことが不思議だった。




外から聞こえる雨の音がふいに弱まる。

出かけるのだから止んでくれればいいのにな、ユメがそう思った時、玄関のチャイムが鳴った。

その瞬間にレニタスがさっと立ち上がり、お迎えしてきます、と一言残し、足早にホールへと向かう。


玄関が開く音、直に聞こえる雨の音の後、聞こえてきた声は。



「よう! ラクス、今日も元気か?」 



片手をあげ、いつもの変わらない能天気さでダイニングに表れたイグニフェルにラクスは表情を強張らせ、レニタスに問うた。


「レニタス、僕はこのアホを、ここでこうやって待っていたわけじゃないんだが……」

「何言ってんだよ、ラクス」

困ったような表情をしているレニタスより早く、イグニフェルが答える。



「一緒に約束しただろうが。忘れたのか?」

「そんな約束はした覚えはない。足手まといだ」

「だから、そんな冷てーこと言うなって。これでもおれは、火の精霊の頭首なんだぞ! 戦闘術は得意だし、頼りになるぜ!」


そこでイグニフェルは、自分が立っているところの一番近くに座っていたユメにようやく気づく。


「お、ユメちゃんだっけ? 体調よくなったか? この前来た時は倒れて動けねぇって聞いて、がっかりしたんだぜ、俺は」


話したことはほとんどないのにもかかわらず、この馴れ馴れしさにユメは面食らった。


「ユメ、無視しておけばいい。おいイグニフェル、ちょっとでも足を引っ張るようなことしたら、」


イグニフェルが足を引っ張ったらどうなるか、それは聞かずじまいだった。

また玄関のチャイムが鳴り、レニタスが再びダイニングを素早く去ると同時に、ラクスは口をつぐんだ。



今度は間違いなく、ラクス達が待っていた者だ。



「準備はいいですかな?」

ダイニングに入るなり、間髪を入れずにゲントゥムは言った。

「用意ができているのなら、ここの庭ですぐに道を開きましょう」


ラクスは立ち上がって、コクっと頷いた。


「ありがとうございます、ゲントゥムさん。それでは早速、庭へ移動しましょう」


この洋館の庭は、ホールの玄関とは反対側のドアから入ることができるが、フローラそしてレニタスがこまめに手入れをしているため、素晴らしいガーデニングが施されており、今も多種の花が咲き乱れている。

皆と連れ立って無言で庭へ向かっている途中、ゲントxムがユメの傍に寄り声をかけた。

「緊張しているのかな?」

話しかけられたことに驚いて、思わず肩を強張らせたユメだったが、意外にその声は優しかった。


「はい、何がなんだか、よく分からないので」

「まぁ、無理もない。混乱するも当然のことだろう。一つ聞きたいんだが……」

「は、はい、何ですか?」

「あなたの一番古い記憶はいつの記憶ですかな?」


ユメは小首をかしげた。

どうしてゲントゥムはそんなことに興味があるんだろう。


「一番古い記憶は、児童養護施設での記憶だと思います。ぼんやりとしか覚えていないんですが……」

「児童擁護施設というと?」

「私は親の分からぬ孤児だったのですが、えっと児童擁護施設というのは、にんげ……」

そこでユメははっとして口をつぐみ、恐々とゲントゥムを見上げた。


「人間界」なんて口にしたら、きっとまだ錯乱していると思われる。

しかし次のゲントゥムの発した言葉は、予想外のものだった。


「人間界の孤児院といったところですかな?」

「え、ええ、そうですけど……」


驚きのせいで、言葉が尻すぼみになる。

もしかして、ゲントゥムさんは私の言っていることを信じていてくれてるのだろうか?

この一番信じそうにない気難しい頭首が?


それともユメを哀れんで、話を合わせてくれているのだろうか。


きっとそうだ。


ストンと納得が落ちてくる。


数日前にも、ユメを哀れんで癒しの術をかけてくれたと聞いていたし。

ユメはぼんやりと前方を眺めた。


アクロピアで見たのと全く同じように、ラクスとイグニフェルが何かで言い争っている。

レニタスは一番先頭を歩いていたが、庭へのドアを開いた――


「浮かない顔だな」

ユメをちらりと見て、ゲントゥムが言う。


ユメはためらいがちに口を開いた。


「先日は私に癒しの術をかけてくださったとお聞きしました。本当にありがとうございます。そのおかげで助かりましたし、本当感謝しています。でも……」

「でも?」

ゲントゥムが続きを促す。


ユメは言おうかどうか迷ったが、結局言うことにした。

「同情はあまりしてほしくないんです。ラクスも含め、皆が私が錯乱していると思っていることは知っています。それはもう分かっているので、今更無理に哀れみで話を合わせて頂いても余計につらいだけなんです」

すごく失礼なことだと分かっていたし、怒らせるかもしれないという危惧もあった。

しかし、依然として残る「悔しさ」がユメに言わせた。

ラクスを引っぱたいてみたりと、最近自分はヤケクソな行動が多いなという反省と共に。


次の瞬間、さらに驚くべきことが起こった。


ゲントゥムが声を立てて、笑ったのだ。

前で言い争いしていたラクスとイグニフェルが、驚愕の顔で振り返る。



「なかなか肝が据わった女子おなごだ」


ゲントゥムが髭を震わせて、まだ笑い続けているので、ユメは自分がそんなに変なことを言ったのだろうかと恥ずかしくなり、意図せず顔を赤らめた。



「あなたは私が、あなたが人間界からやってきたということを信じていないと思っているのですな」


「いえ、ゲントゥムさんが、というよりはここの世界の全ての方たちが」

ユメは慌てて言い訳をした。



ゲントゥムがぴたりと足をとめたので、ユメもつられて足をとめる。

前方では庭への入り口で、ラクス、イグニフェル、そしてレニタスがこちらを振り返って様子を伺ってるのが見えた。

「正直に言いましょう」

ユメにだけ聞こえるよう、少し声を潜めて、ゲントゥムが言った。



「私は、あなたの言うことが本当である可能性はあると思っている。真実は分かりかねますがな、今のところは。だが、それももうすぐ分かるだろう。月の精霊の始祖、セレーネが直にあなたに教えてくれるはずだ。そして、それはあなたにとってそれは終わりではなく、始まりだ」



ユメは再び小首をかしげる。

ゲントゥムの意図、そして発言の意味が全くつかめなかった。



「よく分からないのですが、先日のここでの会議では、ゲントゥム様は私を信じている素振りは……」

「貴族は本心を容易く語らない。あの場にいた全ての頭首は、一見個性的でマイペースな者の集まりに見えるが、実際は政治においても術使いにおいてもかなりの強者ぞろい。今後それを忘れてはなりますまい」


そこまで言うと、ゲントゥムは再び歩き出した。

数歩遅れてユメも続く。


今ゲントゥムが自分に言ったことを、もう一度頭の中で繰り返しながら。

人間界では、人の言葉の裏を読むのは得意だったはずだ。

それなのに、この世界ではうまくいかない。



なにはともあれ、ゲントゥムが言ったようにこれから向かう月の精霊の聖地、紫の洞窟で、自分のことで何かが本当に明らかになるというのならば、それはラクスだけじゃなく、ユメにとっても願ってもない話だった。








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