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紫の洞窟 7

目を開けても、視界は霞んで何も見えない。

体が燃えてるかのように熱い。

それなのに全身、ベッドの中で絶えず震え続けている。

息が苦しく、頭は割れんばかりに痛かった。



このまま自分は死んでしまうのだろうか。

あまりの苦しさに、熱を帯びた涙が目尻に溜まる。



それもいいかもしれない。

ユメはふと思った。

このまま消えてしまっても、この先生き延びれたとして一生「独り」で生きていかない定めならここでピリオドを打ってもらったほうが楽だ。



ユメは目をゆっくり閉じた。

何もかも受け入れてしまおう。

抗うことなく。

諦めて、成り行きに身を任せる。

人間界での恵まれない境涯で身に着けた術。


意識がまた混濁への中へとかけおちる。

その直前に、周波数がうまく合っていないラジオで聞くような低い声がして、瞼に優しい光を感じた気がした。




*  *  *



ユメが再び目を覚ますと、窓の外は明るかった。

容態がよくなったのだろうか。

未だ体はずしりと重く、全く動かすことができないが、視界ははっきりとしてきた。

ふと自分の額に、濡れた柔らかい布が置かれていることに気づく。

あまり力が入らない手をなんとか動かして、それに触れようとした時、ベッドの脇から声が降ってきた。


「そのまま、額においていたほうがいい」


今、一番聞きたくないと思っていた、変わらず落ち着きを払った声。

まだ寝起きで朦朧としていたせいか、部屋に自分以外の誰かがいることに今更気がつく。


「今日は洞窟に行く予定だった日。ゲントゥムが約束通り来たが、延期してもらったよ」


ラクスは本人のいないところでは、頭首達を呼び捨てにする。

そこには王族であることの地位への誇りが感じられるような気がした。

ユメは無言だったが、また話す気力もまだなかったが、ラクスは一向に気にしない様子で話し続ける。


「ゲントゥムも、君を見かねたのか、癒しの術を君にかけて帰っていったよ。光の精霊にも癒しの術はあるが、僕はその手のものはどうも苦手だから助かった。その布にもその術がかかってある。だからそのまま、動かさないほうがいい」


穏やかでない蠢く自分の心に鞭をうって、ユメはゆっくりとラクスの方をみた。


椅子に腰をかけたラクスの傍には、ダークブラウンのサイドーテブルがあり、その丸い天板の上には湯気をたててているお粥らしきものがおいてあった。



「フローラが作ったものだ」


ユメの視線に気づいて、ラクスが説明する。


「ひどく心配していたよ」



再び暗い感情が奥底で騒ぐ。

その「心配して」くれていたというフローラもきっと、ユメのことを信じていてくれてなかったのだろうから。



「すまなかったと思ってる」


唐突な謝罪にユメは目を大きく見開いた。

ラクスは、真っ直ぐにユメを見つめたまま続けた。


「言い訳ではないが、僕は王族のものだ。端くれでも、国のためにあらゆる危険を見出して防ぐ義務がある。今ダークリットの謎の大量出現で不安を抱えてる精霊達は多い。一見落ち着きを払っているように見えるが、貴族達も敏感になってる。皆が僕や貴族のように強い術を使えるわけじゃない。既にダークリットの犠牲になった者は少なくない」


そこでラクスは一拍おいた。

ユメは無言だったが、静かに話を続けるラクスを見守っていた。


今の謝罪も何か思惑があってのことではないかという猜疑心は拭えなかったが、それでも精霊界で現在起こっている出来事に関しては少なからず興味があったのだ。

自分がこの世界に来た時、初めて遭遇したのがその謎に満ちたダークリットだったのだから。

そしてユメにだけ聞こえるダークリットから聞こえるあの声……。



「正直に言うと、君の言ってたことは変わらず今でも信じることは難しい。けれど、君が嘘をついてるわけではないことは知っている。最初に『真実の光』の術で試したし、それに君を見てて君自身は悪意のある者でないことも分かっていた。いろいろと酷い事を言ったと反省している。本当にすまなかった」


そこでラクスが口を閉じ、沈黙が流れた。

ラクスはユメの反応を伺ってるのは、見て取れた。

エメラルドグリーンの綺麗な瞳に真っ直ぐに見つめられ、ユメはどうしようもなく気まずく感じる。

信じるな、騙されるな、と心の一部が警告する。

けれど素直に謝罪を受け取りたい、今話してくれたことはラクスの本心であると信じたいという強い気持ちもあった。


逡巡した末、結局ユメはゆっくりと頷いた。


すると、ラクスは小さい息をふっと漏らした。

ユメの反応に安堵したかのように、表情が少し和らぐ。



「謝罪の後に、またこの話をするのは気詰まりでもあるんだが、もう少し体調が回復したら、やはり紫の洞窟に僕と一緒に行ってほしい。君のためでもあるんだ。どういう所以かは分からないけど、君に幾重もの術がかけられているのは事実。今まではどうだったか分からないが、現在はそれが君の体の負担になっている可能性がある。早く解除しないと君の体に、今回のように悪影響を及ぼしてしまうかもしれない」


ラクスがためらいがちに先を続ける。


「承諾してくれないか? 君の身の安全は僕が保障する」



否が応でも連れて行く。

頭首の前でラクスが放った言葉が、ふと思い出された。


そしてラクスは今、ユメに同意を求めている。


「……行く」

そこで初めて声に出して言った。


本当は自分の体がどうなろうと、例え命を絶つ結果になったとしてもかまわなかった。

ただ承諾したのは、抗いようがなく「同意」したかったからだ。


ユメの問いにラクスは微笑み、そして椅子から腰を浮かした。


「僕は書斎に戻るけど、君は可能なら、フローラの作ったお粥を食べたほうがいい」


そして既に冷めてしまっているだろうお粥の上に片手をかざすと、小さな光を出した。

途端にまたお粥から湯気が出る。

ベッドからでも光の熱気を感じることができた。


「僕は癒しの術は苦手だけど」


ラクスはそう言うと、今度はユメの頬にそっと手の甲をあてた。

思わず緊張して、ユメは体を強張らせた。

男の子にこんな風に顔を触られるのは、初めてだ。

ラクスの温かい手に、体の全神経が集中する。


「クラッティオ」



つぶやきと共に、柔らかな光が発生する。

先ほどの光とは違ってどこか儚げな光だが、ユメの体内に浸透し全身に心地よい温かさが伝わるのを感じた。


やがて光が霞のようになって消え去り、ラクスが手を離す。


「またゆっくり休むといい」


柔らかな声で言うと、静かにその部屋を後にした。


ユメはラクスが温めてくれたお粥には手をつけようとせず、そのままぼんやりと虚空を見つめていた。

食欲がなかったからではない。

自分の今の状態が不思議だった。

ラクスが去っても、頬に触れた手の温かさと感触、胸の鼓動の高鳴りがなかなか消えない。


ラクスはどれくらいの間、この部屋でユメを見てたんだろう?

今頃になってその疑問が湧き出て、ユメの頭の中を執拗にとらえ、なかなか離そうとしなかった。










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