紫の洞窟 4
「勝手に今調べさせてもらったが――」
「おい、じーさん、今調べてたのか!? 全く力を感じなかったぞ」
イグニフェルが驚嘆して言う。
「雲隠れの術、暗号なども月の精霊の得意とするところですからな」
ゲントゥムが冷ややかに答えた。
「さすが、月の精霊ゲントゥム様。貴族随一の術使いと称されるのは、当然ですな」
ルチアが感心したように言う。
「そんなことは、どうでもいい。話を進めるが、この子の術には守備の術が重なるようにしてかけられている、それはラクス様の言ったとおり。だが、この子自身への守護の術も幾重にも大量の術の中の最下層でかけられていますぞ。下手な攻撃の術をしかけると、跳ね返ってくる。ある程度の大技にも耐え得るシールドがはられている」
「ということは……」
ソラが続けた。
「複数の精霊がこの子に術をかけたということになる。しかも、強力な精霊の集まり。私達に匹敵するような、いやもしくはそれ以上の。一人で全部かけたとは考えにくいでしょう。二人でも難しい、これほどの術を少数でかけたら術を使う者の命を危ぶめる」
ラクスはじっと聞いていたが、ソラが言い終わるとフっと微笑を浮かべた。
「さすがソラ様、そしてゲントゥム様。予想していた通りです。僕よりもはるかにこの手の術には優れてらっしゃる。とりあえず、どれほど難しいであろうが、この術を僕はこの国のためにも解かないとならない。それで、思いついたのは……」
「読めましたぞ」
唸るようにゲントゥムが言った。
ラクスをまっすぐに睨みつけている。
「紫の洞窟ですな」
「ご明察」
ラクスが軽く頭を下げる。満足そうな笑みで。
「紫の洞窟……」
マレが、少し大人びた表情でつぶやく。
「世界を創りし9人の始祖達が残した9つの聖地」
ソラが慎重な面持ちで頷く。
「紫の洞窟、セレーネの聖地のことをおしゃってるのですね」
「ええ、聖地はそれぞれ特殊な力を有していますが、紫の洞窟、9人のうちの月の精霊の始祖セレーネが残した聖地は『真実を現す聖地』と呼ばれている。その名の通り洞窟には入ったものを本来の姿に戻す、泉がある。どんな強力な術も、備えもその泉には敵わない。もちろん9つの聖地は、精霊達にとって試練の場でもある。半端な覚悟では命を落とすことは重々承知です」
ラクスはそこまで言うと、まっすぐにゲントゥムを見据えた。
「聖地は頭首に受け継がれるもの。頭首のみがその聖地へと続く道を開くことができる。セレーネの聖地へと続く道を開けるのは、ゲントゥムさん、月の頭首であるあなただけだ。どうか、泉へと向かう許可を頂けませんか。国にとってもこれは重要なことなのです。僕は王族の端くれとして、その役目を果たさなければならない」
沈黙が流れる。
皆がラクスそして、ゲントゥムの顔を見守った。
ゲントゥムは無言でラクスを見つめていたが、しばらくすると小さく息を吐き出した。
「策はちゃんと練ってあるのですかな? ラクス様は王族、光の精霊として技も優れてらっしゃる。結界の張り巡らされた洞窟できっと耐えることはできるでしょう。しかし、隣にいる子はエナジーを摂取できない。まず今平然と立っていられるのが既に不思議ではあるが、エナジーのない状況であの洞窟に行くのは体がもつかどうか疑問ですな」
「仰るとおりです。まだ完璧ではありませんが、多少の策は練っております。僕だけじゃなく、レニタスや他の精霊にも同行をお願いする予定です。道中で死んでもらっては、情報も掴めないまま。それだけは避けたい」
謎を解くのは最優先事項。
ユメの命にはどうなろうと関心がない。
先ほどから、ラクスがこの2つのことを暗喩するたびに、ユメは胸がキリっと痛むのを感じた。
どうして、どの世界にいてもユメは常に一人ぼっちなのだろう……?
この世界に来てからの日々、短い期間でもラクスとレニタスとフローラがいて、ユメは少しだけ仲間ができたような気がしていた。ここでは誰もユメのことを「変わってる」などと陰口を叩く者などいない。
そう思っていたのに、今では急にラクスもそしてフローラやレニタスでさえも全く見知らぬ他人のように感じる。
もちろん、ラクスがどこまで本心をここで語ってるのかは分からない。
けれど、先程から直感がユメに辛い現実を突きつけていた。
「よーし!」
突然大声を張り上げて、イグニフェルが立ち上がる。
「おれも行くぜ! 手を貸してやるぞ、ラクス!」
「お前はいい。足でまといだ」
「またまたー、そんなつれないことを言うな――」
「ゲントゥムさん」
イグニフェルを無視し、ラクスが先を続ける。
「ことは早いほうがいい。二日後、道を開いて頂けるでしょうか」
「……いいだろう」
渋々ながらといった様子でゲントゥムが承諾する。
「二日後この洋館に訪れ、紫の洞窟への道をあける。その後の身の安全は、保障しませんがな」
「ええ、望むところです」
頷くとラクスは、長らく掴んでいたユメの右手首を離した。
不意に自由になる手首に、冷たい空気が触れる。
ユメは震える左手でその手首にそっと触れた。