紫の洞窟 2
頭首達の会議は3時間ほど続いた。
その間フローラ、レニタス、ユメはキッチンに待機。
始めにクッキー、ドーナツ、そしてライチティーを出した後は、ときおりお茶のお代わりなどにまわるくらいで、残りの時間は三人で雑談をしていた。
フローラの作った、彼女曰く失敗作だが、とてもおいしいクッキーとライチティーと一緒に。
「前から気になってたんだけど、エナジーって何? アルボア様がこの前おっしゃってたけど」
「エナジーというのは、術を使うための源。私達はエナジーをオリゴから吸収することができるの」
「魔力みたいなもの?」
ユメの問いに、フローラはコクリと頷く。
「そうね、そんな感じかな。でも、魔力と同時にエナジーは私達の生命でもある。エナジーがなくなったら、私達生きられないの」
「それなら、貴族様方は他の精霊達よりも長生きということ」
「それは違いますよ」
答えたのは、レニタスだ。
「寿命に直接関係するのは、サンギスです」
「サンギス?」
「はい。この力は、どの精霊も生まれながらに持っている力で、オリゴからエナジーを摂取するための役目を果たします。精霊は歳を重ねると、このパイプが徐々に壊れやすくなってきます。これが精霊にとって『老いる』ということでしょう。ゆえに、サンギスが壊れることは、エナジーが摂取できない、つまり精霊の死を意味するのです」
「つまりサンギスは平均200年ももつということ? 精霊の寿命は200年を軽く超えるんでしょ?」
「その通りですね。まぁ、人間と同じように精霊にも個人差はありますが」
「でも術によってサンギスが破壊されてしまうこともあるのよ」
フローラが付け足す。
「術って精霊の?」
「そう。つまり術によってサンギスが負傷するとエナジーの摂取量が減り、強力な術が使えなくなったり、ひどい場合は体調に影響し、完全に破壊されてしまった場合は死に至ってしまう」
心なしか説明するフローラの顔が、ユメには暗く見えた。
まぁ、気持ちのいい話ではないし当然か……。
重くなりそうな空気に、慌てて話題を変える。
「でも、不思議なのは、どうして精霊達は人間界のことをよく知っているの?」
「特定の精霊が使える強力な術で見ることができるからですよ」
「なるほど……」
レニタスは説明を続けた。
「オリゴは以前に述べたように人間界に存在するもの。そして、そこにパイプを繋ぐのがサンギス。そのサンギスの繋がりを応用して人間の世界を覗くことができるのです。しかし、これはとても強力な術で莫大なエナジーを消費する。サンギスに術を直接かけるので、言うまでもなくとても危険です。身体に大きな負担、あるいは死を招いてしまうことも十分にありうる。王立研究所で人間界を研究する研究室がありますが、それ以外の一般の精霊がこの術を使うことは法律で禁じられています」
「そんなに大変なことなんだ、人間界をのぞ――」
「ユメ!」
最後は自分の名を呼ぶ声で遮られる。
振り向くと、ラクスがたっていた。
「ラクス様、どうかされましたか?」
レニタスが素早く反応する。
「いや、大丈夫だ。レニタスはここにいていい」
ユメは直感で「レニタスは」という響きにいやな予感を覚えた。
「ユメ、僕と一緒に頭首達のところへ来てくれ」
「どうして?」
「わけはすぐに分かる」
有無を言わせない響き。
ラクスは素早くユメの手首を掴むと、間を置かずに応接間へと引っ張っていった。
「ちょっと待って、ラクス! その前に訳を教えてよ!」
抑えた声でもホールに響き渡るユメの声。
急激に早くなる鼓動。
この国の仕組みがよく分かってなくとも、あの頭首達の目の前に立つのはかなりの勇気がいる。
アルボアは即座にユメがエナジーを有していないことに気づいた。
正体がバレる可能性もあるのではないだろうか。
もう一度、今度は語気を強めて呼びかける。
「ラクス、お願い、止まって!」
ラクスはユメの言うことに無言で、また振り向きもしない。
足早に進み、応接間のドアの前に行き着く。
「ちょ、少しだけ待って! ラ、――」
名前を呼ぶより先に、ラクスが応接間のドアを勢いよくあける。
ぐいっと引っ張られ、ユメはラクス共に応接間に足を入れた。
一瞬引っ張られた勢いで前のめりに倒れかけたが、なんとかバランスを保ち顔をあげると。
「どうしたんだ、ラクス。その女は、確かこの前いた……」
一番近くで不思議そうな顔をしているイグニフェルを始めとして、他の頭首達も皆ユメ達の方を注目していた。
ユメは顔がカッと熱くなるのを感じた。
「ラクス様、どうなさったのです? その子は確か、病気で体調が不順な……」
イグニフェルの左隣に座っていたアルボアが、とまどったように言う。
驚いても不思議はない。
きっと頭首達にはホールでのやり取りも、響いて聞いていたに違いない。
許婚のフローラならまだしも、仮にカスミソウの精霊が第二王子であるラクスを呼び捨てにして、しかも抵抗するなんて不自然なはずだ。
「頭首方、お願いがあります。ぜひとも知恵をお借りしたいのです」
呆気にとられている頭首達、顔を赤くしているユメの前で、ラクスは落ち着いた口調で続けた。
「彼女は実は病気でなく、何かの複雑な、それも強力な術によりサンギスが封じられています。もちろん、いろいろ僕個人で既に調べてみましたが、暗号式の術、更にそれを守備する強力な術が幾重にもかけられていて解くことができませんでした。この術を解くための、知恵をお借りできないでしょうか」
しばらく沈黙が流れた。
それぞれの頭首達の顔には、驚きの色がみてとれる。
一人依然として、気難しい顔をしているゲントゥムを除いて。
「それは大問題ですな」
沈黙を破ったのも、またゲントゥムだった。