七大貴族 3
「ううん、なんでもないわ。ただ私のカスミ草の精霊、ユメをアルボア様にご紹介してただけ」
フローラが「カスミ草」の語気を強めて、ラクスに目配せをする。
さすがラクスといったところか、一瞬たりとも表情に変化がない。
「ラクス様、ラクス様もユメさんとお知り合いなのですか?」
小さく、でも優雅にお辞儀をしながらアルボアが問う。
「あぁ。ちょっとしたことで、たまたま」
「ほほう! カスミ草ですか!」
興味深々といった様子でルチアが、鼻の下の髭を右手で撫でながら一歩前に出た。
「わしはカスミ草が好きですなぁ。よかったら、わしに少しくださいませんか。きっと家内も喜びますぞ」
どうぞ、と差し出したい気持ちは山々だが、偽精霊なので当然出してあげることもできず、ユメは困惑する。
「え……えっと」
「いけませんことよ、ルチア様」
答えたのがフローラでもラクスでもなく、アルボアだった。
「こちらのユメさんは今ご体調が悪いようで、エナジーもほとんどありませんの。オリゴからうまくエナジーを吸収できる状態にないようですわ。なので今は無理して術を使わせないほうがよろしいかと」
「なるほど、そうでしたか。何も知らず、頼み事をして申し訳なかったですなぁ。それはそれはお大事に」
「あ、ありがとうございます」
ぎくしゃくと、ユメはお辞儀をする。
「カスミ草なら、どうぞ」
ふわっと突然どこからともなく、フローラの差し出した右手に現れるカスミ草の花達。
「どうぞ」
「いやいやこれはこれはありがたい。さすが花の精霊のお孫さん。術が洗練されておりますな」
ルチアは花束を受け取り、相当喜んでいるようだった。
「あれ、おかしいな」
あたりをキョロキョロしながら声を出したのは、火の精霊イグニフェル。
「おい、ラクス。さっきまで俺達の前を歩いていたはずのマレがいないぞ? どこに行ったんだ、あいつ? 俺、話さないといけないことがあったんだが」
「知らない、僕に聞くな。というか、常に話しかけるな」
相変わらずのラクスの冷たい返答。
「マレちゃんなら、ここにいるよ!」
幼い女の子のような声。頭首の中で際立ってるルチアよりも、さらに身長が低い。無駄な肉が全くない、華奢な体つき。水色の髪は貝のゴムでふんわりとしたツインテールにされている。
その水の精霊マレはちょうど正門にたどり着いたところだった。スキップをするように歩いている。隣には、背の高い銀髪の老人がいた。気難しそうな顔をしてる。
「お前、さっき前を歩いてただろ。今頃、後ろから来るって、どんだけ、トロ子なんだよ」
「違うもん! マレちゃんはは月の精霊のご頭首、ゲントゥム様に用事があったのを思い出して戻っただけだもん!」
マレが、頬を膨らませながらイグニフェルに猛反論する。
一方のイグニフェル全く意に介してないようで、「そうだった」という顔で右手の拳を左手にポンと打ち付けると、ラクス、そして他の頭首の前に、皆の注目を集めるように両手を広げながら躍り出た。
「おい、俺今思い出したんだけどよ! 来週なんの祝祭日があるか覚えてるか、頭首様方?」
「あ、いっけねー、忘れてた。確か国王の誕生日だよな」
「そうだよ! アウルム。俺達、急ピッチで国王誕生際の出し物を考えないといけない」
「マレちゃん、覚えてたよー! だからゲントゥムさんとそのことで話してたんだもん」
「まぁ、私には」
低い声で、ゲントゥムが切り出す。これがあの大きな城の主人。亡くなったデュセム様の父親。
「なぜ我々がわざわざ国王の誕生日のために、出し物を準備しなければならないのか専ら疑問ですがな」
「これ、お言葉に気をつけなされ、ゲントゥム様」
ルチアが困ったように警告した。
「こちらには、国王のご子息ラクス様がいらっしゃるのですぞ」
「僕のことはおかまいなく」
全く意に介していない様子の、ラクスが言う。
ユメは目を丸くした。なんとよりによってこんなにも個性的な粒ぞろいなのだろう、頭首達は。
「まぁ、それは数日後に会議でも開きませぬか。ここで立ち話で決めるというのは、あまり私は気が進みません」
日の精霊ソラが眼鏡をはずして、レンズをハンカチで拭きながら言う。
「ソラ様の言うとおりですわね」
同意を示したのはアルボア。
「こういうのはどうです? 数日以内にどこかで集まりましょう。二日後とかはどうです? 皆様方、きっとお忙しいとは思いますが、国王の誕生際は全精霊の民にとっても大事な行事。私達の出し物もきっと期待して待っていることでしょう。彼らを率いる頭首たるもの、手抜きにはできませんわ」
「相変わらず模範的な回答だな、アルボア。あーあーめんどくせぇーなー」
アウルムがだるそうに首をまわす。
「こら、アウルム様。ここにはラクス様―ー」
「かまいませんよ、ルチアさん」
ラクスがルチアを遮る。
「父のためにお手数をおかけして申し訳ない」
そこでゲントゥムが「全くだ」とでも言うように、鼻をフンと鳴らした。
「もし会場が必要なら、僕の住む洋館を話し合いの場に使ってください」
ラクスの言葉を聞くや否や、マレが飛び跳ねるようにはしゃぐ。
「えー、本当!? マレちゃん、ずっとラクス様の洋館に行ってみたかったんだ」
「おい、ラクス、うまい菓子でも用意しとけよ!」
「お、いいな。おいしい茶と一緒にでも食べたいぜ」
イグニフェルにアウルムが同調する。
「ありがとうございます、ラクス様」
優雅にお辞儀をするアルボアの背後で、ソラも無言で頭を下げる。
「実にありがたいですな、さすが国王のご子息様。ゲントゥム様も、同意してもらえますかな」
一人だけ無言であるゲントゥムにルチアが追い討ちをかける。
「まぁ、いいでしょう」
彼はうなるように答えた。
「それでは、二日後の午後1時に、僕の洋館で皆様方をお待ちしております」
その背後で、ユメはフローラと共に未だに緊張して立っていた。
力をもう長いこと入れすぎて、頬と肩がもうつってしまいそうだ。
それはそうとあの洋館に頭首様方を呼ぶって、ユメは大丈夫なのだろうか。
正体がバレたら大変なことになるのではないだろうか?
ユメの心の中で一抹の不安が過ぎったが、用は済んだ、とばかりに早くも散り散りに帰路に着く貴族達をフローラにならって無理矢理に微笑を浮かべながら見送った。