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 メリーナは小川を横切り、親友へ駈け寄る。アルトゥルがそれを追い越した。

「ウルリーケ!」

「アルトゥル……メリーナちゃん」

 ウルリーケはまっさおになって、へたりこんでいる。帽子はリボンが解けて落ち、手袋をした手はぶるぶると震えていた。

 アルトゥルがウルリーケを抱き起こした。ウルリーケは傍にある、俯せの死体を見ている。その命がもう損なわれたことは、誰が見ても明らかだった。血が背の低い下生えの上にたまり、陽光できらきらと光っている。

「わ、わたし、メリーナちゃんを訪ねて、でもアルトゥル達のお郷へ行くってかいてあったから、あの、埃っぽくなっていたからお掃除でもしようと。それでお水を汲みに来たら、マティアスの声がして、もう帰ってきたのかしらと思って……ねえ彼女は? 誰?」

 置き手紙を残していた。ウルリーケはそれを読んだのだろう。官女時代から綺麗好きだった彼女は、十日間誰の世話もされていない家を見て、黙っていられなかったのだ。

 そして彼女の疑問に答える言葉をメリーナは持たない。


 メリーナは息を整え、いつの間にか流れていた涙を拭った。メリーナは妖精のようなくつを脱ぎ、ボディスを外した。少しでも身軽でいたかった。ドレスを脱ぎ捨てて下着だけになると、小川へ足をひたした。「アルトゥル、ウルリーケちゃんを見ていて」

「え?」

「わたしはマチューを助ける」

 アルトゥルとウルリーケが彼女の腕を掴む前に、メリーナは淵のなかへと身を躍らせた。ふたりに掴まれるような袖がなくてよかったと彼女は思った。二人に迷惑をかけるつもりはなかった。




 その淵には大きな魔獣が居るというのは、本当だったらしい。メリーナはマティアスを見付けた。触手にとらわれている彼を。

 ()()はたこのようなものだった。こういう魔獣との戦いは、「ゲーム」でもあった。特定の条件を充たすと起こるイベントで、このような姿形の魔獣が出てきた覚えがある。メリーナはまた、記憶が鮮やかによみがえってくるのを感じていた。

 ()()はマティアスを捕まえていた。マティアスはあがいているが、どうにもならない。妖精は魔法をつかえるけれど、この魔獣には魔法がきかない。というか、魔法だの魔力だのというものをすべて吸いとってしまう魔獣なのだ。

 メリーナはマティアスがあがいているのを見て、自分に「ゲーム」の知識があることを、この世界に転生したことを感謝した。マティアスを助けられるのだから。

 メリーナは川の流れに逆らってそちらへ向かい、脚の一本を掴んだ。マティアスがメリーナに気付いて空気を吐き出す。

 メリーナは思い切り脚をひっぱった。脚がちぎれ、その拍子にマティアスに絡んだ触手がゆるむ。メリーナは勢いのまま水に流される。




「なんてばかなことを」

 マティアスが喚いている。メリーナは小川からはなれたところで横たわっていた。触手から逃れたマティアスが彼女を救い、あいつの傍から逃げて、川から上がったのだ。

 メリーナは呻く。なにも云わない。あのイベントモンスターは、魔法ならなんでも吸収するが、そのかわりに物理攻撃には弱い。事前に情報を得ていれば、弱点である向かって左から三番目の脚を攻撃すれば一撃で倒せるのだ。

 メリーナは体を起こし、咳込んだ。少し、水を飲んでしまっている。がらがらといやな音がする。

「……マチュー、怪我は?」

「自分の心配をし給え」

 マティアスはそう云って、メリーナを抱きしめた。

 ほんのわずかな時間ののち、彼がはなれていく。

「メリーナ、ああ……わたしは……」

 彼は泣いているようだった。

「なあに、マチュー?」

「……すまない、わたしは、やることがあって、君の傍に居られない」

 それはある程度予測していた言葉だった。だからメリーナは、そう、と云った。どうして冷静なのか、自分でもわからない。


「メリーナちゃん」

 ウルリーケが走ってきた。アルトゥルモ一緒だ。メリーナは、そこが上流へ向かう通り道だと気付く。

 アルトゥルが気色悪そうに小川を見ている。小川には、なにか油のような、濁ったものがひろがっていた。あの魔獣の血か、体液だろう。

 マティアスが立ち上がり、メリーナを抱えるようにして立たせた。メリーナは口のなかでありがとうと云い、マティアスが頷く。

「アルトゥル、しばらく彼女を預ける」

「は?」

 アルトゥルが口を開けた。

 マティアスはメリーナのこめかみに口付けて、歩いていった。上流へと。あの坂のほうへと。

「にいさん! おい、説明しろ!」

 アルトゥルが怒鳴りながらそれを追った。ウルリーケがそれとメリーナとを、交互に見る。

 メリーナは黙っている。


 とにかく体をひやすのはよくないと、ウルリーケの言葉に従って、メリーナは家へ向かってとぼとぼと歩いた。途中、アルトゥルが追ってくるが、不満顔だった。ウルリーケがそれへ云う。「アルトゥル?」

「にいさん、妖精の仕事がどうとかで、戻るって。メリーナはつれてくるな、だってよ」

 すねたように云い、アルトゥルは鼻を鳴らす。

 家へ戻ると、メリーナは服を脱ぎ、ウルリーケに手伝ってもらって体を拭いた。清潔で乾燥した服を着る。ウルリーケのゆるしが出て、アルトゥルが屋内へ這入り、暖炉に火をいれる。ウルリーケが野草茶を淹れて、アルトゥルになにか云い、ふたりは短く言葉を交わした。

「メリーナちゃん」

「……うん」

「わたし、もう帰るわ」

 メリーナはウルリーケを見た。ウルリーケは厳しい目付きをしている。「あの、女のひとのご遺体を、町へ運びます。どなたか知らないけれど、お弔いはきちんとしなくては」

「俺が馬車まで運ぶのを手伝う。ねえさんはここでじっとしていて。体をひやさないように」

 アルトゥルが優しく云い、ふたりは出て行った。

 メリーナは暖炉の薪がぱきぱきと音をたて、香りのいい煙を出しているのを見詰める。




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