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「ゲーム」




 メリーナは「集会所」だという建物に居た。

 先程まで、あたたかいお湯につかって体を解していた。風呂の世話や、あたらしい服の用意は、マティアスの従姉妹だという女性達が数人がかりでやってくれた。

 妖精のような格好をし、導かれるまま歩くと、集会所に辿りついた。そこには大きなテーブルがふたつ並んで置かれ、少しはなれたところにもうひとつ同じサイズのテーブルがあった。

 今は、おおよその席に妖精達が着席していた。立って、酒を呑みながら話している妖精も居る。皆、金髪か銀髪、でなくば薄曇りの空のような色の髪をしていて、背が高く華奢だ。女性はひきずる丈のドレス、男性はマティアスやアルトゥルのような格好をし、髪飾りが違う。

 メリーナは椅子に座って、あたためたミルクを飲んでいる。メリーナがここに来たあと、妖精達が続々と集まった。誰もメリーナのことを気にしている様子ではない。

 隣にはマティアスの従姉妹が居たが、彼女はメリーナの髪の色がめずらしいようで、触りたがった。今は、メリーナの髪を()いている。


 はなれたところから、人間、という言葉が聴こえて、メリーナは耳をそばだてた。壮年と中年の妖精が、顔を近付けて話しこんでいる。「マティアスは……だろうか」

「……いやまさか……」

「しかし……人間は……厄介な……」

「といただされたら……」

「人間なんて、俺達よりもよほど弱いのに」隣のテーブルから声がして、遠くの声はそれにかき消された。「マティアスはなにを考えているんだろう。人間をめとるなんて」

「野蛮な人間達」

 ちらっと見ると、年配の女性が顔をしかめていた。「わたし達が受けた仕打ちは忘れないわ」

 妖精達は数百年前に人間と仲違いし、山へこもったと云われている。それが具体的にどんな諍いだったのか、メリーナは知らない。

 マティアスの従姉妹がそちらのテーブルへ云った。「もう昔のことじゃないの、ゴットフリードおじさま、ズザンナおばさま」

「お前達には昔のことでしょうよ。わたしにとってはまだ、昨日のことのようだね」

「おばさま……」

 マティアスの従姉妹がなおも云い募ろうとした時、マティアスとアルトゥルが集会所に這入ってきた。


 長、というのは本当のようで、妖精達がかしこまって彼を迎えた。若い妖精達はマティアスに近付いていって、頬に口付ける。

「マティアスさま、結婚の祝いを申し上げます」

「ああ、ありがとうヤーコブ」

「その契りが永遠に続きますように、お祈りいたしますわ」

「ありがとう、ツェツィーリア」

 マティアスが集会所の奥に辿りつくと、拍手が響いた。若い妖精は熱心に、年輩の妖精はおざなりに、壮年の妖精はその中間くらいで拍手している。

 マティアスの従姉妹に促され、メリーナは立ち上がった。マティアスのほうへと歩いていく。

「紹介する。妻のメリーナだ」

 ざわめきが起こった。年輩の妖精達が顔を見合わせる。「どこかよその郷の子かとおもった」

「妖精じゃないのか?」


「わたしは彼女と結婚した」

 マティアスがざわめきに負けない声で云う。「彼女はわたしの妻で、それは動かしがたい事実だ」

「マティアスさま」

 先程、人間に対する怒りを口に出していた男女が立ち上がる。女性は気の毒げにメリーナを見たが、かといって喋るのを辞めてはくれない。

「人間との結婚は認めたくありません」

「わたしもズザンナと同意見です」

 すると、ほかの妖精達も立ち上がり、或いは頷いて、反対をはじめた。若い妖精達が喚くように云う。「長が決めたことだ!」

「不遜です、おじさまもおばさまも!」

「ええい、煩いわね」

 ズザンナが云い、場が静まりかえる。


 ズザンナはメリーナを見詰めていた。

「お嬢さん、どうやってここまで?」

「どうやって……って、階段をのぼってきました」

 一瞬あって、ズザンナが頷いた。

「嘘は吐いていないみたいね」

 戸惑うメリーナに、マティアスが云った。「メリーナ、君がこわがる坂が森にあっただろう?」

「ええ……」

「あれを通れば、小径に出る。山とつながっている近道なんだ」

 アルトゥルが添えた。「ただし、階段を通ったことのある者しかつかえない。そうじゃない者がつかおうとするとぬけだせなくなることもあるんですよ。でしょう、ズザンナおばさま」

「云われなくてもわかってるわよ、アルトゥルぼうや。でも、あんたとマティアスさまが手をかせば、そっちからだって来れたかもしれないでしょう。妖精と人間の間にできた子だって、あれをのぼるのは一苦労なのよ。人間がのぼってこられるものかと思ったっておかしくないでしょう」

 アルトゥルが口を尖らせた。


 マティアスが云う。

「ズザンナおばさま、わたしの結婚にまだ、異議がありますか」

「ございますとも」

 ズザンナは大きく頷き、手をぱちんと叩いた。

「妖精と結婚するのなら、妖精のやることに文句をつけるようでは困るわ。でしょう、マティアスさま」

 マティアスは答えない。壮年の妖精達が、なにかを運んできた。

 メリーナは頭を抱えそうになる。そうだ、これがあった。

 運び込まれたのは背の高いテーブルと、絵の描かれたカードだった。「トランプ」だ。

 ズザンナが云った。

「わたくしと奥さまでカード勝負をしませんか? 勝ったら、わたくしはこの結婚を認めましょう」




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