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道標の光




 メリーナはなんとなく、世界に対してもやもやしたものを抱えているが、日々の暮らしでそれは思考の隅に追いやられていた。今、目の前にあることをやれば、それでいい。先生の教えだ。

「メリーナちゃん、ありがとうね」

「うん? なあに?」

「メリーナちゃんの野草茶を飲むと、お母さま、元気になるの」

 ウルリーケはにこっとした。「だから、もしここで暮らすのが淋しくなったら、いつでもアントワルへ来て。うちに住んでくれたら、わたしもお母さまも嬉しいから」


 ウルリーケが屋根裏部屋で寝ているのを確認し、メリーナは外へ出て、切り株に腰掛けていた。おととし、増築のために切り倒した木のひとつだ。あの時、先生は元気いっぱいで、また別の子どもを拾うかもしれないから、と冗談っぽく云っていた。

 実際のところ、増設したひと部屋は、メリーナの作業場になっている。扉はないが、屋根も壁もきちんとしていて、窓には可愛らしい鳥の彫刻が施されていた。そこでつくった靴下やドレスは、ウルリーケか兄がアントワルへ持っていって、しかるべきところへ売ってくれる。

 メリーナは両脚を伸ばし、両腕を振り上げて伸びをした。空では沢山の星がきらきらしている。わたしの記憶は、正しいんだろうか、正しくないんだろうか……。


 なにか光を感じて、メリーナは顔を前へ向けた。木立のなかから、光るものが近付いてくる。誰か、収穫したものを置きに来てくれたんだろうか。

 自分が居ては来にくいだろうと思い、メリーナは立ち上がって、屋内へ戻ろうとした。扉へ手をかけたところで、背後から声がする。「もし」

 どきっとした。男のひとだ。

 このところ、兄以外の男性と喋っていない。メリーナはちょっとどぎまぎしながら、振り向いた。


「はい」

「ひとをさがしているのだが」

 よく通る、ちょっと甘い声だった。若い男性だ。

 木立から出てきたのは、胸くらいまでの淡い金髪をオールバックにし、華奢な鎖と宝石の飾りをつけた、整った顔立ちの男性だった。森に溶け込むような色合いの、露出の少ない服を身にまとっている。

 妖精……だ。メリーナは口のなかが乾いていくのを感じる。妖精は、人間の前にめったに姿をあらわさない。あらわれる時は、人間を裁く時か、人間に恵みをもたらす時か、どちらかだと云われている。そのどちらなのか、メリーナには判断がつかない。伝説――ゲーム――の時代には、人間と妖精達はもっと親しくしていたらしいが、今はそうではないのだ。

 数千年前にいざこざがあって以来、力を持った妖精はシュタルの森のなかにある「山」へ隠れてしまったと云われている。そんなものは見たことがないが、森のなかには妖精の山が存在しているらしい。

 アントワルとのよしみを懐かしんで、年に一度首都で行われる祭りには姿を見せることもあるが、その時期でもなければここは首都でもない。

 そしてメリーナは思い出した。シュタルの森は妖精の管轄だ、と。


 メリーナは目を伏せた。

「あ、あの、どなたをさがしてるんでしょう」

「メリーナという女に用があるのだ」

 どきっと、心臓が跳ねる。

 顔を上げたメリーナは、自分をじっと見ている妖精と目を合わせてしまった。途端に、顔が熱くなる。

「あ、あの、わたしもメリーナですけどっ、でもでも、妖精のかたが会いに来るようなたいした人間じゃないですっ」

 妖精はきょとんとした。メリーナは肩で息をしている。

 しばらくのち、妖精が笑いはじめた。くすくすと、楽しそうに。メリーナは呆然とする。

「あの……」

「いや、おどかしたようで、すまなかった」謝りながらも、妖精はまだくすくすしている。「思っていた人物とは、違った」

「え?」

「……本当に、おどかしたのなら申し訳ない」

 笑いをおさめ、妖精は丁寧なお辞儀をくれる。メリーナは意味がわからなくて、目をぱちぱちさせた。


 メリーナはお茶を淹れながら、妖精を見ている。

 妖精はものめずらしげに室内を眺めていた。とことこと窓辺へ行って網を触り、戻ってきてテーブルの上の花瓶をまじまじと見詰め、アーチの向こうの作業場を覗いて頷く。

「あの、なんのもてなしもできませんで」

「ああいや、こちらこそ、夜分におしかけて失礼した」

 お茶を運んでいく。明日の朝食にしようと思っていたパンケーキも、あたためて持っていった。ジャムがたっぷりかかっている。

「どうぞ」

「いいのか?」

「はい」

「ありがとう」

 妖精はにっこりして、お茶をすすった。ふっと息を吐く。ランタンひとつの乏しい灯だが、顔立ちが整っているのははっきりわかる。

「これはおいしい。君がつくったのか」

「はい」

「噂とは違うようだ」

 小首を傾げるメリーナに、妖精は微笑んだ。「ここに魔女が暮らしていると聴いた」

「えっ!」

「この森は我らの管轄だ。人間が暮らすのはかまわないが、我らは悪魔とはあまり親しくしていないものでね。親しくしていないというか、まあ、どちらかというと仲が悪い。だから、魔女ならば出て行ってもらおうと考えていた」

 メリーナは口をぽかんと開ける。その顔が面白かったのか、妖精はくすくすっと笑った。

「勿論、君が悪魔と通じていないことは、もうわかった。失礼なことを云ったかな」

「あ、いえ……」

 メリーナは頭を振ってから、はっとした。「あのあの、ここって静かだしとてもいいところで、暮らしやすいので、ここに住んでいたいんですけど……だめですか?」

「かまわない。もともと、人間がここに這入ることは、我らも制限しようとは思っていない」

 妖精は頷く。「君がここで暮らすことをゆるそう。ただ、魔獣に気を付け給え」

「はいっ」

 メリーナはにこっとする。魔獣は森のなかでたまに見かけるが、逃げて家に立てこもれば害はない。

 妖精は続ける。

「お茶と、おいしいお菓子のお礼だ。誰かに邪魔をされたら、わたしの名を出して、ここに住むことをゆるされていると云いなさい。わたしはマティアスという」




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