少女と木
君は今日も待っているのかい。
一本の木が丘の上に立っている。木は風を受けて青々とした葉をざわざわと揺らした。
少女が一人丘の上から町の方をじっと見ている。少女は時々裸足で側にある花を揺らし、そして時には鳥が巣から飛び去って鳴くのを見つめながら、ずっと待っていた。真っ赤な日が町から逃げる様に沈んで行くのを見つめ一粒涙を流した。
あの日もこんな感じに赤い日だったね。君は血みたいにに染まった涙を幾つも流し、かたく噛んだ唇から本当の血が僕の足元に溢れ落ちた。
今日も夜が来るよ。木は風にさわさわなった。
少女は今日も待っている。あいつはもうずっと前に死んだよ。君を殺した次の日に。馬車にひかれて死んでしまったよ。君はもう待つ必要はないのに、待たなくていいのに。いったい何に縛られているんだい。
少女は町の向こうのほうをじっと見つめている。
君をつないでいた鎖も、君を打つ鞭ももうないというのに。
近くの空がごろごろ鳴った。
ああ雷よ。この場所を燃やしておくれ。ここが一番高い場所。僕が一番高いもの。さあ燃やせ、さあ。
一つの雷が木を目がけて真っ白な光を放ちながら落ちた。地が揺れるほどの大きな音が轟いた。
彼女は驚いて振り返り、火のあがる木を見て慌てて枝に手を掛けた。足を掛けて、手を伸ばし、木の上へ上へと登り始めた。木のてっぺんに着いてから少女は火の粉に囲まれて、また、町のほうを見た。
ああ本当にあったのね。
少女の声は涼やかだった
彼と二人でこの木を埋めた
この街の一番高いところにきっと大きくなる木を埋めて、いつか二人で海を見ようって
それが私たちの夢だった
それを夢みて生きてきた
だけどこんなに近くにあったなんて
小さな足でもいけただろうに
その気になったら行けただろうに
そう言って少女は静かにふっと息をした
きっと、たぶん、あの人は私よりもずっと前に見てしまっていたのね。だって同じ目の色をしてたもの。
海は嵐に染まっていた
海は青いんだよ。
木はそう言おうとしたけれど、ざわざわさせる葉も少女も、もうなかった。