君との初めては
以前、カクヨムで掲載したものなろうでも公開します。
仕事の休みが取れ、地元に帰ってきた僕らは初めて二人で何度も訪れた水族館でデートをする事にした。
君は待ち合わせに来た時からずっと笑顔だった。
2人で並んで歩いてバスに乗った。人は少なかった。
これから行く水族館で何が見たいか二人で話し合った。
「久しぶりだね、水族館に行くの。何年ぶりだろう」
「六年ぶりくらいかな?」
「あと時からもうそんなに時間が過ぎちゃったんだね」
少し暗い顔を見せたが直ぐに明るい表情で言葉を続けた。
「やっぱり最初はいつも通りペンギンが見たい。次はアクアトンネル」
と君は言った。
「そうだね、そうしよう。楽しみだね。」
と僕は返した。
水族館に着くと相変わらず夏の暑さでぐったりしたペンギンを見てから館内をゆっくり歩いて回った。
「少し疲れたから休憩しようよ」
と君が言ったから、僕はバニラのソフトクリームを、君はいちごのソフトクリームを買って座って食べた。お互いに交換したりもした。
いちごのソフトクリームはどこか甘酸っぱかった。
一休みしたあとはお土産コーナーを二人で見てペアのキーホルダーを買った。二匹のペンギンでふたつ合わせるとハートの形になるやつだ。
ちょっと恥ずかしかったけど片方だけならハート型になるなんて分かりそうもないしケータイにつけることにした。
水族館は昔と何も変わらなかった。少し古くなったりリニューアルした所もあったけど僕らが高校生の頃と変わらない何かを持ち続けていた。
その後は水族館を出てまたバスに乗り繁華街へ戻ってきた。シャッター街の増加が懸念されてると言われている今の時代には珍しく沢山の店が軒を連ね人で賑わっている。
それでも流石に僕らが高校生の頃よりお店の数は減ったしどこか寂しげな雰囲気が漂っている。
八百屋さんの前を通ると君は
「ねぇ、好きな料理はなに?」
と僕に聞いた。
「なんでも好きだよ」
と答えた。
「ふーん、そっか」
突然興味がなくなったかのように素っ気ない返事だった。
僕らは無言で歩いた。
しばらくすると、君は、思い出したかのように僕に言った。
「この先のね、洋服屋さんと畳屋さんの間に細い道があるの。その先にね、ちっちゃな神社があるんだけど言ってみない?」
「うん、いいよ。行ってみたい」
と答えるや否や君は僕の手を掴んで引っ張るように歩き始めた。
どれだけ僕に見せたいのか、早足で歩いても君の方がずんずんと先に進んでゆく。
「ここ」
そう言って指を指した先には、シャッターに誠に勝手ながら本日閉店と書かれた八百屋さんの隣に確かに奥へと続く細い道というか路地があった。黒い汚れのこびりついた古いバケツや掃除などしてないであろうエアコンの室外機が、如何にも商店街の路地裏であると主張しているかの様におざなりに置いてある。
こんな所の先に本当に神社なんてあるのだろうかと訝しんでいると君は僕の手を離れて吸い込まれるように路地へと歩いていった。
慌てて追いかける。
「ねぇ、本当にこんなに所に神社なんてあるの?」
「いいから着いてきて」
その後は何を言っても返事をしなかった。僕はただ右へ左へと曲がって進み続ける君を追いかけるだけだった。
不意に君は足を止めた。
いきなりの事でつんのめりそうになりながらも足を止めて辺りを見渡した。
目の前は行き止まりで、右も左も道は無かった。
何も無いよと声をかけようとした時、君は振り向いた。目には涙を溜めていた。
僕は驚きで何も言葉が出なかった。
そんな僕に君は話しかけた。
「今日一日楽しかった?」
僕は何も答えられなかった。
「私とのデートつまらなかったかな? 貴洋と3人でいた時はもっと笑ってたよね? もっとたのしそうだったよね? 話しかけてもそうだねとか何でもいいとかしか答えないし、全然楽しそうじゃない。水族館なんて三人で何回も行ったしペンギンも何度も見た。それでも、あなたと二人でなら新しい気持ちで楽しめるかなって思ってた。それなのにあなたは全然楽しそうじゃなかった。辛いなら別れよ? 無理しなくてもいいよ。私達、友達でいた方が良いんだよ。きっと」
「無理なんて、してない。楽しくなかったわけじゃない。そうじゃないんだ。……違うんだ」
「何が違うのよ、高校生の頃私と貴洋と付き合ってたから負い目でも感じてるの? 私だって完全に忘れられたわけじゃない。昔みたいな関係の方がいいならはっきりそう言って」
僕は胸をつかれたかの様に感じた。言葉が自然とで出てきた。
「三人でいた時は、楽しかった。僕はただ二人が笑顔でいてくれるだけで嬉しかった。交通事故でたかが死んだ時はとても悲しかった。僕も君も沢山泣いた。でも、僕は嬉しかった。君と二人でいることが出来て幸せに感じてた。もちろん、たかが死んだことが嬉しかった訳じゃない。でも、それと同時に、たかのことを思い出す度に悲しそうな顔をする君を見てるのが辛かった。2年前に付き合い始めてから何回もデートをしたし一緒に寝たりもした。でも、今日、水族館に行く事になって思ったんだ。僕の初めては、君の二度目なんだと。僕は所詮二番目なんだ」
突然視界がブレた。
君の右手が視界の端に映る。
何故か頭は冷静になり、痛みよりも頬に熱を感じた。
「あんたバカじゃないの。確かに貴洋と二人だけで水族館に来たこともあるし、一緒に寝たこともある。でも、この神社に来たのはあなたとが初めてよ。そんなくだらないこと気にしてないで、もっと私と一緒にいれることを楽しみなさいよ。男の人と一緒に行った場所も、一緒にしたことも私にとって二度目かもしれないけど、あなたとは初めてじゃない。あなたと私の初めてなんだよ」
そう言って君はそれ以上の言葉もなく泣き出した。
行き止まりの路地だと思っていたそこは、神社だった。
後ろには鳥居があり、目の前には小さな社があった。
迷い込んでいたのは、僕の心だった。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
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