第6話 白紙
けれど、それは一瞬だけで。
すぐに皺に埋もれそうなチヤギの双眸に光が浮かぶ。
どこか達観めいた眼光を受け、なぜだかツバキナの胸が締め付けられた。
ドクンドクンと、心臓が塞き止められたかのように苦しげな音を刻み出す。
「ツバキナ、エソトオはどうしたんじゃ?」
まるでそれが一等大切なことのように、チヤギがはっきりとエソトオの行方を訊いた。
それがまたツバキナの胸をさらに閉塞させる。
ツバキナとエソトオは、この家でチヤギと共に十年間ずっと一緒に暮らしてきた。
ここはエソトオにとっても自分の家だ。
だから、本来ならばわざわざ問う内容ではないはずなのに……どうしてか、今はチヤギの言葉がとても気になった。
「……うん。沖に出ようとした爺様たちを引き止めて、一緒に小船を戻してくれてる。でも、終わったらすぐに来ると思う」
「そうか……」
「チヤギ婆……本土は、何て?」
いつも老人とは思えないほど元気なチヤギが、今は深く項垂れている。
その事実に喩えようもない違和感を感じつつ、ツバキナはもう一度訊いた。
これは警鐘なのだろう。
ツバキナの胸は不吉な衝撃に何度も何度も打ち付けられていた。
「何も……」
一言。
それだけを呟いて、チヤギが返答を終えた。
ハッと顔をあげたツバキナの視線上、青ざめた老女の顔が苦しそうに引き攣っていた。
年輪の刻まれた口許は激しく戦慄いている。
予想していたものより、ずっとずっと残酷な答えだった。
ツバキナの頭が認識するのを拒否している。
意味が分からない。
「何も」とはいったい何のことなのか。
「何もって……チヤギ婆、どういうこと!?」
堪らずツバキナは走り寄り、チヤギの手から白い紙を引ったくる。
無造作に開いた紙の内容を見て、ぐっと息を呑み込んだ。
同時に、黒真珠の双眸が、一気に極限まで見開かれる。
そこには、返事など何もなかった。
一文字も記されてはいない。
ただの白紙が送られてきただけだったのだ。
「嘘っ、こんなの嘘よっ!」
目の奥が熱い。
まだ島は噴火していないのに、ツバキナの眼球は溶岩で焼かれるような耐え難い熱を感じていた。
瞼の堤防はあっさりと決壊し、内から噴き上げてきた溶岩が流れ出る。
悔しいのか、悲しいのか、苦しいのか。
胸を焦がすものが何なのか、今のツバキナにはもう分からなかった。