第5話 姨捨島
老齢の妙を携えた、御年七十七歳の老女チヤギ。
ツバキナの祖母である彼女がこのエィヌ島で村長を務めるようになって、早五十年が経つ。
ツバキナの両親も他の若者たちと同様に、随分前に本土へと居を移してしまった。
ツバキナも幼い頃は本土で過ごしたのだが、物心ついた頃からエィヌ島のチヤギのもとで過ごしている。
聡明で優しい祖母チヤギや、本当の孫のように可愛がってくれる村人たちが大好きだからだ。
仕事が忙しくて構ってくれない両親よりも、ツバキナにとっては一緒に居たいと思う人たちだった。
それに――この島には「彼」がいる。
十年前、ツバキナが六歳の頃。
ある日突然、チヤギが連れてきた少年がエソトオだった。
チヤギの話では、浜に打ち上げられていたそうで、意識を取り戻した時には既に記憶をなくしていたという。
名前も思い出せない彼に白百合と名づけたのはツバキナだった。
女性的な名前だけれど、他の名は考えられなかった。
少年の白金髪が夏の初めに島を覆う白百合の花のようで、翡翠の瞳が島を囲む海のようで……。
その名前がぴったりだと思ったのだ。
「チヤギ婆! 本土は何て言ってきたの!?」
扉を叩き破る勢いで家に転がり込んだツバキナは、その勢いのままチヤギへと問うていた。
集会所を兼ねる村長の家は、この村では一番大きい家屋だ。
が、チヤギの父が村長として健在だった頃に建てられた家だから、柱も壁も老朽化し、あちらこちらに修繕跡が目立っている。
屋敷を壊さんかという音を立て、額にびっしりと汗を浮かべて帰ってきた孫の形相に、皺深いチヤギの顔が驚愕に歪む。
窓辺に留まる白い鳩が、なぜだかバカにしたようにクルルルと喉を鳴らした。
伝書鳩はどんな伝文を持ってきたのか。
早く聞きたいような、でも聞きたくないような。
ツバキナの胸中は至って複雑だった。
なぜならば、さっき小船に乗っていた爺が言った言葉が核心を突いていたからだ。
いつ噴火をはじめるか分からないこの火山島に、救援部隊を送るなど危険極まりない行為。
二次災害を考えたとしたら、救援要請は見送られる可能性が高い。
それに第一――。
この島は、〈姨捨島〉と呼ばれているのだ。
本土にとってはエィヌ島に住む村人の命など、とうの昔から無いも等しい。
今さら救助活動などを願い出たところで、議題にすらあげてもらえないかもしれない。
「チヤギ……婆……?」
何も答えてくれないチヤギの態度が嫌な予感を激しく肯定する。
凶報を決定付けるように、ツバキナの瞳が捉えた老婆の顔は悲嘆に暮れていた。
伝書鳩が持ってきた伝文だろう。
白い紙を持つ腕は小さく震えている。