第4話 村長の家へ
滑空する鳥の姿を視認した途端。
さっきまでの意気込みはどこへやら。
小さな船に寄り添うように乗っていた老人たちは、先を争いながら浜へと降りはじめる。
数日間、船上で過ごすための用意だろう。
大きな荷物を抱きかかえ、老人とは思えぬ俊敏な動作でさっさと船を後にする。
皆、鳩が持ってきた返事が気になって、一瞬で島からの脱出を考え直したようだ。
なんとも身勝手な老人たち。
でも憎む気にはなれない。
とにかく今は、思い直してくれてよかった。
安堵と共に、ツバキナは呆れたような溜息を零す。
「ツバキナ、先にチヤギ婆のところへ行け」
そう言って、我も我もと船を降り村へと戻ろうとする老人たちを、エソトオが両手を広げて捕獲する。
まるで逃げ惑う鶏を順々に捕まえるかのように。
腕の下をすり抜けようと小賢しい真似をする老人の襟首を、慣れた手つきで次々と摘みあげている。
沖に出そうとしていた小船をこのまま捨て置くわけにはいかない。
ちゃんと安全な場所へと移動させ、綱で繋いでおくように。
至極淡々と彼は老人たちを窘めていた。
そんな冷静沈着なエソトオの態度に、いつもツバキナは感心させられる。
島が噴火すると聞いたら、誰だって恐慌状態に陥るだろう。
慌てふためく村民たちの気持ちも分かるし、ツバキナとて恐くないわけではない。
ただ、純粋な人たちだからこそ、老人たちはのし掛かる自然の驚異に対して素直に恐怖を感じ、そして心のまま行動する。
それがあまりにも無謀なので、見ている自分の方は錯乱している暇がない。
つまり、彼らのお陰でツバキナも平静を保っていられるのだ。
けれど、エソトオは違う。
思慮が深いのかなんなのか。
ツバキナのように我武者羅に引き止めようとするのではなく、こんな状況下でも的確に要点を突き、効率よく混乱を収拾させる。
時に非情と感じさせられるほど泰然自若として、決して動じたりはしないのだ。
「ありがとう、エソトオ。チヤギ婆に伝文の内容を確認してくる!」
美しくも頼もしい青年に礼を言い、ツバキナは崖の上にある村長の家へと急いだ。