第22話 混迷(ツバキナ)
チヤギの書付はそこで終わっていた。
恐らくは、と頁を閉じながらツバキナは思う。
御年七十七歳のチヤギ、いつ何があってもおかしくはない年齢だ。
いろいろと考慮した末に筆を執ったのだろう。
もしも高齢のため頭が耄碌してしまったら、スミナダドウの言葉を忘れてしまうかもしれない。
それに第一、彼女が生きている間に災害が訪れたのならばいいが、もし先に死んでしまったとしたら詳細を伝えられる者がいなくなる。
だから、ここにあの事件の内容を事細かに記したのだろう。
自分の心情も一緒に綴って、その心をも伝えようとしたのだろう。
――この島に住む人たちは、本当に素晴らしい。
なのに。
そんな過去を知らないツバキナの両親たちはこの島を捨てた。
そして、過疎化を極めた〈姨捨島〉は、こうして本土からも見捨てられてしまった。
本土の考えも分からなくはない。
この島はもうすぐ灼熱の風と溶岩に焼かれ死に絶える。
そんな場所へ救援など寄こせない。
ツバキナの目から新しい涙が零れた。
頭では分かっているのに、それでももうすぐみんなの命が消えるのだと思うと、辛くて悲しくて仕方がなかった。
「ツバキナ……」
背後から聞こえてきた声に、ツバキナは大きく肩を震えさせる。
やはり、まだ彼は逃げてはいなかった。
このままでは彼も死んでしまう。
無造作に腕で涙を拭うと、ツバキナはくるりと振り向いた。
涙に濡れた瞳に、白金の青年が映り込む。
全てを知った今、ツバキナは彼の正体を知っている。
彼は月昇人。
天空に浮かぶ月昇球、その国王の子。
十年前に目覚めた彼を、チヤギが祠から連れてきたのだ。
「エソトオ、あなたは逃げて。わたしは……無理だから。みんなを置いてなんて行けない」
「チヤギ婆が泣く。村のみんなも悲しむ」
相変わらず、エソトオは痛いところを突いてくる。
けれどツバキナの意志は変わらない。
彼には逃げて欲しい。
死んで欲しくない。
だから、言いたくない言葉も今は言える。
「あなたはこの島の人間じゃない。だから、ここに残る必要はない。もう逃げて! 月昇球に帰って!」




