第21話 月への帰還
「この島で心身共に癒され、再び空を飛ぶ力を取り戻したのだ。お前たちに生かされた私たちは皆、今、心にある決意を抱いている。この地上と親交を結びたい。そして、私たちのこの出会いこそが確固たる絆となるのだろうと」
そのためにも、王であるスミナダドウは帰らなくてはならない。
混乱するチヤギにも、彼の言いたいことは理解できた。
その正当性もよく分かる。
しかし、
「子ども……は?」
最愛の息子を置いていく。
それで、彼は本当にいいのだろうか。
チヤギにも亡き夫との間にできた子どもがいる。
息子を置いてどこかへ行くなど考えられない。
たとえ多大な恩を受けた人たちのもとであったとしても。
「〈ハンマユラリュ号〉は大きい。〈飛翔石〉一つではとても動かすことはできない。しかし、二つあれば航海する原動力にはなるだろう。そのために息子を置いていく。とはいえ、空に浮かせるほどの力はない。五十年後、災厄の予兆を感じたならば、海が荒れる前に荷物を纏め、早めにこの島を脱出することだ」
もちろん彼も王である前に一人の父親だ。
愛息子を想う気持ちも感じられる。
けれど彼に迷いはない。
それほどまでに、この島に恩を感じてくれているのだろう。
納得はいかないまでも、スミナダドウの思慮を汲み取ることはできた。
「今から四十年後、災害が訪れるちょうど十年前に、息子は目覚めるだろう。彼と共に過ごしてくれ、チヤギ。この優しい島で育てて欲しい。そして最後は――この村の人々をどう救うのか、彼に決めさせてやってくれ」
妻が遺した大切な息子。
だからこそ、お前に托したいのだ。
続けられた言葉に、チヤギの胸はぎゅっと締め付けられる。
彼の気持ちに応えたい。
「その子の、名前は?」
自分でも驚くほどに、声は柔和なものになっていた。
きっと表情も柔らかくなっていただろう。
天空の国、月昇球の王スミナダドウの愛息。
どれほど聡明で美しい子どもなのだろうか。
今から四十年後、目覚める日が待ち遠しい。
「名は――いや、お前が名づけてやってくれ。新しい名を……。この島の人間として相応しい名前を」
数日後。
零れんばかりの星空の下、月昇人たちは空へと飛び立った。
緩やかな風に乗り、美しい白金髪を靡かせながら。
地上で手を振る村民たちを、何度も何度も振り返り、頬を涙に濡らしながら。