第20話 信頼の証
力なく頭を振ったチヤギは、美しい薄紅色の勾玉を受け取り、大切に胸に抱く。
と、ふと頭に浮かんだ疑問を声にした。
「船に残したというもう一つの〈飛翔石〉は?」
この石が彼の妻の命だとしたら……船に残されたものはいったい誰の命だと言うのだろうか。
それに、何のために二つも石を残していくのだろうか。
「飛翔船には……仮死状態にした私の息子が眠っている」
水面に放り出される前に、水を飲んでしまわないよう一人息子を仮死状態にした。
今から五十年後に訪れるこの島の危機から村民たちを救うため、まだ八歳の少年を眠らせたまま置いていくのだという。
さらには、情勢が不安定な月昇球に連れて帰るより、この島に残していきたいのだと付け加えて、スミナダドウは微笑した。
五十年後の厄災。
スミナダドウには未来を見る能力でもあるのだろうか。
疑問を抱いたが口にする気にはなれなかった。
もっと気になる問題がチヤギの頭に浮かんでしまったから。
「でも、船を置いていくって……どうやってあなたたちは――」
空に浮かぶ王国へ如何にして帰るのだろうか。
その質問に口では答えず、スミナダドウはチヤギの目前で宙に浮いて見せた。
ふわりと地面から少しだけ浮きあがり、青い空、北東の方角を指差す。
チヤギの目には晴天の空と白い雲しか見えない。
が、きっとその空の先に、彼らの国が浮いているのだろう。
身軽な人たちだとは思っていた。
けれど、まさか空を飛べるとは思わなかったチヤギは、あからさまに驚倒していた。
目を白黒とさせ、口を魚のようにぱくぱくさせている。
その顔が余程おかしかったのか。
スミナダドウの口からプッと笑い声が漏れた。
バカにされた恥ずかしさと憤りで、チヤギの顔に朱が散っていく。
そんな表情の変化を見て、またスミナダドウは興味深げに頬を緩める。
澄んだ緑の瞳には、感謝と希望と、そして愛情が入り交じっていた。
「お前たちのお陰だ。こうして再び空に帰れる日が来たのは」
「空に……帰れる?」
宙に浮いたまま少し高度をあげたスミナダドウに、チヤギは小首を傾げる。
確かに空を飛べるならば、こんなに長くエィヌ島に滞在する必要はなかったのかもしれない。
それに、既に回復している者たちもいるのだ。
何か重大な理由があったのだろうか。
空を飛んで帰ることができない問題が……。
「――あの日、嵐に巻き込まれた船から脱出しようと宙へ飛び出した者たちは皆、荒れ狂う風に引き裂かれ、渦巻く海流に呑まれていった。その一部始終を目にした私たちは、精神を病んでしまった。飛翔することへ恐怖を抱いてしまったのだ。だが……」
スッと空から舞い戻ったスミナダドウが、チヤギの腕を取り己の胸へと当てる。




