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第2話 脱出

 群発する地震、上昇する海水や井戸水の温度。


 空気に混ざる腐卵臭、慌ただしく逃げ惑う動物たち。



 それは何れも予兆だった。



 エィヌ島の火山噴火。


 その前兆を意味している。



「ダメ! 沖に出てはダメ!」



 濁った海水に服が汚れてしまうのも構わずに、十六才の少女ツバキナは海岸を走りながら大声で叫ぶ。



 強い風に弄ばれた艶やかな黒髪は縺れてしまい、砂が入ってしまった黒曜石の瞳が鋭く痛む。


 が、そんな状態を気に留めることもなく、少女は海岸を離れようとしている一艘の小船へとひたすら足早に近づいていく。



「こんなに荒れた海に出たら、あっという間に波に呑まれてしまうわ! お願いだから、みんな落ち着いて!」



 船を出そうとしている者たちを、ツバキナは懸命に説得する。


 形振り構わず訴える少女の姿を、小さな船に乗っている数人の村民がジロリと射竦めた。



 しかし萎縮している場合ではない。


 臆面も見せず、ツバキナは小船の端に腕をかけ引き止めようと踏ん張った。



 続く火山性地震のせいで海水は淀み、エィヌ島の小さな海岸を高い波が押し寄せている。


 空には暗雲が垂れ込め、いつ雷雨に襲われてもおかしくはない。



 こんな海に出たならば、その後に起こるであろう惨劇が易々と予想できてしまう。



「止めんでくれ、ツバキナ。この島はもともと火山島じゃ。噴火したらどのみち儂らの命はない。だったら焼け死ぬより、海で溺れて死んだ方がええ」


「ああ、そうだ。ツバキナ……お前には感謝しとる。儂の息子も娘も本土に行ったまま誰も帰ってはこなかった。こんな爺婆ばかりの島で面倒をみてくれるのは、お前とエソトオだけじゃった。じゃがな、こんな老いぼれでも死にたくはないんじゃ。ほんの少しでも可能性があるんなら、村でじっとしとるより海に出た方がずっと気持ちが楽なんじゃ」



 小船に乗った老人たちの言葉にツバキナの息が止まった。



 このエィヌ島は、別名〈姨捨島おばすてじま〉と呼ばれる、過疎化を極めた老人ばかりの火山島なのだ。


 村民の大半が七十才を超えていて、家族は皆本土へと移住してしまい、残った彼らはこの島で細々と余生を過ごしている。



 そんな村民は皆、心に不安と闇を抱えている。


 家族に見捨てられたという悲しみと、独りで死んでいく寂しさ。



 それらは如何にツバキナが努力したところで救えるものではない。


 どんなに親しくなっても血を分けた家族の代わりにはなれないのだから。



「みんな、どうか聞いて! 本土には救援を要請したの。もうすぐ救助の船がやってくるはず。だから、どうか――」


「本土など当てにならん! この島はもうすぐ噴火する。危険を冒してまで誰が助けに来ると言うんじゃ。どうせ儂らなど見捨てるつもりに違いない!」



 ツバキナの声は憤怒を纏った嗄れ声に掻き消された。


 小船に佇む老人たちの顔を眺めれば、「反論できんじゃろ?」と全員の目が訴えている。



 気迫に押されるようにして、ツバキナの喉がゴクリと嚥下する。


 荒れる波音と激しい風音の中、その音だけがやけに大きく自分の耳に響いた。



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