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第19話 マダクシの玉

「あの洞窟の先は海へと続いている。そこに飛翔船〈ハンマユラリュ号〉を修理して置いていく。いつかこの島に災厄が訪れた時、皆で使ってくれ」



 その時まで何人も入れないよう、洞窟の入口に祠堂を建てて欲しい。


 そうスミナダドウが続けた。



 まるで閃光が駆け抜けたかのように。


 突然、チヤギの頭を理解が過ぎる。



 ――これは、別れの言葉だ。



 彼はこの島を去ろうとしている。


 そうはっきりと結論が脳裏に打ち出された瞬間、チヤギの思考はぐるぐると何かで掻き回されたように不快に乱れた。



 ここで「行かないで」と叫べたならば、どれだけ幸せだっただろう。


 村人たちとてきっと同じ気持ちだ。


 今の彼らは月昇球の民などではない。


 このエィヌ島の島民だ。



 まだ二ヶ月という短い間だけれど、共に苦難を乗り越えた大切な仲間だ。


 家族だ。


 もう会えなくなるなどと考えたくはない。



 けれど、そんな無責任なことは口が裂けても言えなかった。



 彼は王。


 自国へと帰り、そしていつかこの地上との架け橋を築く人。


 自分たちの我が儘で彼を引き止めてはならないのだ。



「今から半世紀後、この島に終焉が訪れる。その時、お前たちを救うため、私は二つの宝珠を残していく。一つは飛翔船《ハンマユラリュ号》の中に。もう一つは――」



 お前に。



 そう言って、チヤギの首に掛けられたのは、薄紅色の美しい勾玉。


 手のひらになんとか収まるほどの宝玉は、その大きさに見合わずとても軽い。


 質量などほとんど感じさせないほどの重さだった。



「これは……」


「私の妻マダクシだ。月昇人はその胸に命の源となる〈飛翔石〉を抱いている。〈ハンマユラリュ号〉から脱出する時、死んだ妻の胸から私が取り出した石だ」


「ダ、ダメ! そんな大切なもの受け取れないわ!」



 これは彼にとって最愛の妻の形見だ。


 黙って受け取るわけにはいかない。



 勾玉を押し返すチヤギの腕は、透き通る白い腕に掴まれた。



「私は……チヤギ、お前に持っていて欲しいのだ」



 彼の声は王者である者独特の力強さを兼ね備え、抗えないほどの威力を持っていた。


 深い緑色の双眸には、揺るぎない「信頼」の炎が見える。



 受け取るべきだと感じた。


 そうでなければ、彼に対して失礼になる。



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