第18話 慰霊
食糧危機を乗り越えた村は活気づいていた。
あの苦難を乗り切ったことで、村人たちは皆、信念に従う勇気と満足感を実感していた。
そして、心はもっと深く優しく育っていた。
亡くなった人たちが可哀想――。
そんな村人たち全員の意見により、山裾に祠を建てることになった。
海から引きあげた遺体は火葬したが、回収できなかったものもあっただろうし、亡くなった人数もかなり多い。
慰霊のための祠堂を建立した方がいいだろうという結論に至ったのだ。
「チヤギ、少し時間が欲しい」
村長の屋敷にて祠の建設について意見交換をしていたチヤギに、スミナダドウが声をかけた。
どんな装飾にするかという議題で白熱している場を辞して、チヤギは屋敷の外へと出る。
新鮮な空気を吸い込むと、両手を広げ大きく伸びをした。
「すまない、チヤギ。重要な話があるのだ」
あの嵐の夜から約二ヶ月が経っている。
地上人の言語を発するのに要領を得たのか、スミナダドウの言葉はとても滑らかになっていた。
まだ全快とまではいかないが、救助された月昇人は着々と回復に向かっている。
中にはもう完全に動けるようになった者もいて、進んで村の手伝いをしてくれていた。
もっと意志の疎通を図りたいと、地上人の言葉を教えて欲しいと乞う者もいる。
そんな彼らを、村民たちは心から歓迎していた。
既に、彼らは余所者ではなく、この村の一部になりつつあったのだ。
「みんな、もう祠堂を建てる気満々みたい。それも大きくて立派なものをって、山から黒漆まで採ってきて準備しているのよ」
目標を見つけた人の熱意は生気に満ちている。
小さな村が息を吹き返したようで、チヤギも嬉しかった。
一国の王であるスミナダドウに、チヤギは敢えて敬語を使わないことにした。
空に浮く王国が実在するのだと己の拙い知識が告げていても、実際目にしたわけではないから実感が湧かない。
それに、彼自身も畏まった関係をこの土地に求めてはいないようで、砕けた接し方をして欲しいと願ってくれたのだ。
「なんと礼を言ったらいいのか。私たちは厄介者でしかなかったというのに――」
面目ないと謝罪する月昇球の王スミナダドウ。
ぶんぶんと両手を振って、チヤギは「とんでもない、当然のことをしただけだ」と否定を表す。
それは嘘偽りのない本心だった。
本土から遠く離れたこの孤島は、少しずつ人口も減っており村の生活も荒みつつある。
しかし、不幸な遭難事故だったけれど、彼らの来訪によって村の結束は固くなり、これだけの笑顔と活気が戻ってきたのだ。
あの日、陰鬱な集会があったことが嘘のよう。
本当に彼ら月昇人たちを見捨てなくて良かったと、改めてチヤギは思う。
確かに大変だったが、過ぎてしまえば何のことはない。
それに、チヤギの心はこの美しい王に囚われていた。
いつか故郷に帰してあげたいという心と、ずっとこの島にいて欲しいという気持ちが胸の内に混在している。
「で、話って?」
「山裾に大きな洞窟があるだろう? 祠を建ててもらえるのなら、ぜひそこに建造して欲しい」
唐突な申し出に、意味が分からずチヤギは茫然と佇んだ。




