第15話 飛翔国
「月昇球……」
その言葉を呟いたまま、チヤギは全ての動作を止めていた。
昨夜の嵐で救助された人間は、村長の娘であるチヤギの家へと運ばれていた。
一睡もせず傷の手当てをしながら、チヤギは意識のある者に声をかけ事情を聞こうとしていた。
しかしその作業はなかなか捗らない。
まったく言葉が通じなかったからだ。
月光のような白金色の髪、澄んだ緑色の瞳孔、透き通るような白い肌。
遭難した人々は皆、男も女もそれはそれは美しい外見をしていた。
一見しただけでも他国の人間だとは分かるのだが、いかんせん言葉が通じないためどの国の民なのか見当もつかない。
そうは言っても、国が判明したところで通訳のできる者もこの村にはいないだろうが。
しかし、最後に運ばれてきた若く美しい男性が、幸運なことに片言だが言葉が通じた。
そして、彼の口から出た国名が「月昇球」だったのだ。
「月昇球……」
もう一度呟いてみる。
どこかで聞いたことがあるような気がした。
眉間に皺を寄せ懸命に記憶を呼び起こそうとしているチヤギに、右腕に深い傷を負ったその男が左手で身振り手振りをして見せた。
伸ばされた彼の腕は、台風一過の青い空を指差している。
「空を……」
続けられた男の言葉に、チヤギは徐に膝を打つ。
思い出した。
そう、月昇球とは飛翔国の別名だ。
地上に住む自分たちは飛翔国と呼んでいるが、現地の人間は「月昇球」と呼ぶらしい。
つまり、こちらが本当の国名。
天空に浮かぶ伝説の国。
巨大な森が一つ丸ごと空に浮かんだような、緑豊かな国だと伝えられている。
と、そこまで記憶を引っ張りあげたところで、
「ええええっ!?」
チヤギの口から大声が漏れていた。
現在、二十七歳。
息子が一人、夫は昨年漁に出たまま戻って来なかった。
今は村長である父親が病に倒れたため、生家に戻って看病している未亡人だ。
もういい歳なのに、若い娘のような声をあげてしまって恥ずかしい。
ボッと音がしそうなほど、チヤギは顔を真っ赤にした。
「私の名は……スミナダドウ」
慌てふためくチヤギの姿が滑稽に見えたのか。
まるで月光の化身のような美しい男は、名乗りながら緩く笑った。




