それぞれの告白
SIDE ???
結論から言うとFGVは失敗だった。人々から希望を跡形もなく奪い去った大災害から5年。
ようやく見えた一筋の光は実際にはパンドラの箱だった。
VOXを患った人間は二度と元には戻らない。瞳から光が消えて行きやがて生きた屍と化す。
話すこともできなくなる病の名前がVOX(叫び)とは笑えないぐらい皮肉がきいている。
「博士!研究凍結とはどういうことですか?!彼らはこのままでは自ら命を絶つのですよ?」
青年の瞳は義憤に燃えていた。無機質な機械音が支配する研究室に木霊する彼の怒声にも私は一切動じることはない。
「あんなものは逃げだよ。ただのまやかしだ。」
「しかし、それでも彼らには希望が必要なんです!考え直してください!」
鬼気迫るとはまさにこのことだろう。恐らく彼の身内にもVOX感染者いるに違いない。
しかしそれでも私は・・・。
「話はそれだけか?ならばこれにて失礼するよ。私も忙しいのでね」
机の上の資料をまとめて立ち上がる。
「博士!待ってください!博士!」
ウィーン。
彼のほうを振り向きもせずに去っていく私は、誰から見ても悪魔だったに違いない。
どうやら少し眠っていたようです。いけないいけない。私は私の役目を果たさなければ。スーツに付いた埃を払い、ずれたシルクハットを被り直し、トンガリ靴を履いて、最後に仮面を付けて私は再び街に向かった。
3日目
大事なのは自分を見失わないこと。俺は街の外の虚無を見て取り乱したが、それ以上にレイの寂しそうな顔が気になって動揺していた。
森の奥の廃墟からの帰り道は終始無言だった。お互いに何を話していいのかわからなかったんだと思う。
レイと仮面の男の関係は?あの黒い箱は何だったんだ?そもそもお前何者なんだ?
気を抜けば質問攻めにして責めてしまいそうで言葉を発することができなかった。
うつむく俺にレイが言った
「明日の朝落ち着いたら話しましょう。お互いに今日は疲れたしね」
という言葉に救われた。考える時間が欲しい。問題を先延ばしにしたいわけじゃない。
でも、自分の在り方ぐらいははっきりさせてからレイに打ち明けたい。
記憶喪失の俺が何を言ってるのかと思うかもだがこれは本心だった。
お互いに短くただ一言
「おやすみ」
を言い合って今日は終わった。
4日目
朝が来た。いつもは寝起きの悪い俺もこの日ばかりは目がさえていた。
リビングに行くともうレイが座っていた。
「おはよう。昨日はよく眠れた?」
余裕の笑みを浮かべているレイ。しかしその表情に少し影を落としていることに俺は気づいていた。ただの強がりだ。
「あぁ。おかげさまでね」
俺も精いっぱい強がった。なんだか負けた気がした。
「座ったら?」
俺たちはお互いの事を話した。仮面の男にいつ出会ったのか。お互いが一人の時何があったのか。どちらかが話しているときは必ずどちらかは黙っているという暗黙のルールが、その緊張感が話し合いをスムーズに進行させた。
そしてお互いが知りうる全てを伝え合った。
しばらくの沈黙。先に口を開いたのはレイだった。
「つまりあなたも記憶喪失なのね?」
「あぁ。どうしても自分の名前とお前に会う前の記憶が薄い」
記憶喪失を打ち明ける時には勇気が必要だった。俺を頼ってくれた女の子に俺は頼りないよって伝えてるようなもんだからだ。最初はめんどくさいと思っていただけの事が当事者になった途端変わっていく。我ながら自分の勝手さと単純さに辟易とした。
「仮面の男が言ったあなたの嘘は記憶喪失だけなの?ねぇ答えて」
「あぁ。」
俺は少し視線をそらして答えた。この期に及んでタヌキと見たことを伝えられない俺はただの弱虫だ。
「そう。あなたから聞きたいことはなに?」
「俺は昔お前に会ってるんだよな?」
「ええ」
「詳しく聞かせてくれ」
少し黙り込んだ後気まずそうにレイが答えた。
「わかったことはあなたと時計塔に登ったことだけよ。黒い箱については何も知らない」
レイが俺と目を合わせなかったのには理由があるんだろう。お互い様。
「つまり時計塔が俺のとっておきってわけだな」
「うん」
「だったら行ってみようぜ。今できることは他にないだろ?」
少し考えるような素振りをしたあと小さくレイが頷いた。
「そうと決まれば」
Prrrrr
立ち上がった俺たちを引き留めたのは俺のスマフォだった。
画面を確認するとタヌキから。お互いに視線を合わせ合図した後、電話に出た。
「おい相棒!このままじゃ遅刻だぞ」
スピーカーにしなくても聞こえるほどのタヌキの大声にレイがビクついていた。
「あ?」
「あ?じゃねーよ。今日は月曜だぞ」
いろんなことがありすぎて忘れていた。普通平日は学校があるんだ。
「わりぃ、寝坊した先行ってくれ」
しかし、今は学校なんかに行ってる場合じゃない。タヌキには悪いがサボらせてもらおう。
「いーや、だめだ。2週間も前に約束したじゃねーか。今日がその日だよ」
待てよ。2週間前。そんな記憶俺にはない。
これはもしかしたら俺が何者かを知るチャンスかもしれない。
「あぁ、わかったすぐ行くから待ってろ」
「おう、3分間だけ待ってやr」
がちゃっ。電話を切った。
「レイ、悪いがそういうことだ。放課後まで待ってくれるか?」
「普通なら断るところだけど、私ももう少し考えをまとめたいし・・・。いいわ。いってらっしゃい」
「恩に着る」
なんだかレイがニヤ付いている気がしたが無視して、俺は慌てて制服に着替えて飛び出した。
SIDE レイ
真実なんて知ってみればあっけないものだった。
たしかに驚いたけど、思ったより結果はひどいものではなかった。
嘘の内容を考えれば確かに言い出しにくいことだけど、それが私を心配させない為のものだと思ったら何だか嬉しかった。
一度目をそらしたのだけは少し気がかり。まだ隠してる事があるのかもしれない。
でも隠し事はお互い様。私もあんまり詳しく話すと
「何?お前俺のこと好きだったの?」
とか、からかわれそうでボカシちゃったし。
そんなことより今は
「おいかけないと!」
おとなしく家で待ってるような私じゃないんだから。
相手に気づかれないように尾行することは素人には難しいって聞いたことがある。
それでも電柱に隠れたりしてなんとかやりすごし、会話が聞こえるぐらいの距離までたどり着いた。
周りから見れば私は完全に不審者だったのかな。でも私見えないんだっけ。
なんだか複雑だけど今だけはこの体に感謝しておくわ。
そんなことより
「あいつら無防備すぎよ。そもそも会話の内容が・・・」
聞こえてくる会話に耳をすませる。
「おいおいそいつはさすがに犯罪だぜ相棒」
「それでも俺はやってみたいんだよタヌキ」
「でも法に触れるのはタブーだろ」
「法律か。でも法律にも穴があるだろ?」
「たしかにな。法律の穴か。」
「穴があるならつける。いやむしろ挿入してみたい」
「そんなんだからお前は童貞なんだよ相棒」
「言ったな?んじゃタヌキてめぇはどうなんだよ?」
楽しそうにじゃれあってる二人。
・・・・あいつら頭おかしいんじゃないの?法律の穴に挿入って・・・
「ってか声でかすぎでしょ」
周りも気にせず、朝から猥談ばかりしてる二人を気にも留めない周囲。
世界は思ったより平和なのかもしれないとかこんな状況なのに思ってしまう。
あまり聞きたくないけどどこかで重要な話をするかもしれない。
我慢して聞き耳を立て続ける私。
「そんなことより相棒、準備はいいのかよ?」
「準備?」
「まさか忘れたんじゃねーだろうな?」
「あ、あぁ覚えてるよ」
あいつ演技下手くそすぎでしょ。友達との会話に動揺を隠しきれていない彼。
「場所は屋上で決まりだろ?でも意外だなぁ。相棒が零子先輩に告白だなんて」
「えぇぇ?!」
「驚いてんじゃねーよこっちがビビるわ。相棒が言い出したんだろ?」
「あ、あぁ。そうだったな」
「そうと決まれば作戦会議だ。早く行こうぜ相棒!」
「お、おぉ。待てよー」
突然走り出した二人を追いかけることができなかったのはきっと私の足が遅いこととは関係なかったと思う。
「こ・・くは・・く?・・・」
しばらく立ちすくんだ後に正気に戻った私。
「何よそれ!」
いつ来るかなんて関係ない。待ち伏せて隠れて見届けてやる。
私は屋上に急いだ。