彼を私は・・・
2日目 鳴らない時計台
SIDEレイ
走り出したのに理由なんてなかった。ただ頭の中がゴチャゴチャで、あいつと一緒にいたら八つ当たりしそうで。下ネタばかり言ってる自己中野郎なのになんで
「ほっとけないんだろう」
気になる。もしかしたら私はあいつに記憶を失う前に会っているのかもしれない。
昨日から感じていた不思議な感覚の答えを私はまだ出せずにいた。
今はただ頭の中を空っぽにして・・・。
「ここどこだろう・・・」
あてもなく目的地もなく走り出した私は迷子だった。
メインストリートから外れてしまって目印になるものもない。
歩いている人に声を掛けても私が見えない彼らは何も答えてくれない。
答えてくれないのなら仕方ない。私は彼らに付いていくことにした。
「人の流れの先には何かがあるはずよね」
「大きな時計塔」
私は感嘆の溜息をもらした。見上げれば首が痛くなるほどの高さ。
どうしてこんな大きなものに今まで気づかなかったのか。
下を向いてばかりいたからかしら。不安なことばかりで前を向く余裕なんてなかったものね。
「何か見えるかもしれない」
私は階段を上り始めた。
地上10階建てぐらいにはなるだろう建物の階段を上るのは正直大変だった。
何かが私を突き動かしていた。この熱量はどこからくるのか。
鐘の下、つまり屋上まで登り切った私を待っていたのは目が痛くなるほどの眩い夕焼け・・・ではなかった。
「街が・・・」
街を囲む認識できない黒、くろ、クロ。虚無と言ったほうが正しいかもしれない。
言葉が出ないとはこのことだ。
「おやおや、また会いましたねお嬢さん」
声に振り向くと私のすぐ後ろの縁に仮面の男が腰かけていた。
「あなた!これはどういうこと?それと彼がついてる嘘って何?全部説明して!」
半ば八つ当たりみたいなものだったかもしれない。私の中の不安が、どうしようもない感情が、ダムが決壊したみたいにあふれ出した。
「ここから見る景色が好きなんだ・・・・」
仮面の男はどこか寂しそうにぽっかり空いた黒に映える夕焼けを見つめていた。
「は?何言って?」
サァーーー。風が吹いた。仮面の男は消えていた。
「なんだったのよあれ」
夕焼けをぼんやり見つめる私。思考が光の中に溶けていく。
「ここから見る景色が好きなんだ。俺のとっておきだ。だから元気出せよ」
橙色に染まる空をバックに立つ男の子。少し照れくさそうな顔で笑ってハニカむ彼。
頬が熱くなるのを感じる。彼の瞳にくぎ付けだった。
「個性なんて誰にでもあることだろ?○○○。それに○○○のせいじゃないだろ?」
私の名前を呼んでいる。ノイズが走って所々聞き取れない。
「ほら手ぇ貸せよ」
そう言って彼が引いた手は色白で細長い華奢なものだった。
緊張して少し湿っている彼の手が可愛かった。
「俺は、お前の髪好きだぜ?」
ん。視界が歪んで彼のとっておきはよく見えなかった。
「痛ッ!」
ふと何か思い出したような。でもわかったことがある。
今のって
「彼だったわね」
私は彼を知っている。記憶の中で伝わった私のドキドキは本物だった。
彼にしか私は見えない。やっぱり特別な関係だったのかしら。
体から力が抜けた。何か思い出すたびに問題またひとつ。
これからどうなるのかしら。さしあたっての一番の問題は
「これからまたこれ降りるのかぁ・・・」
ガチャリ。どうにか時計塔の景色から方向を見定めた私は、重い体を引きずって帰ってきた。
玄関にしか明かりはついていない。彼は寝ているみたい。
明日彼が起きたら話を聞いてみましょう。
「おやすみ」
一人呟くと疲れが限界に達した私は気を失うように眠った。
3日目 SIDE レイ
「うぅ、さむっ」
寒さで目が覚めた。リビングのソファーを借りて毛布に包まって寝ている私。
慌てて飛び起きて窓の外を見た。
「雪だ・・・」
一面真っ白な世界。昨日まで秋だったのにこんなの。
起きたら彼と話し合う予定だったのに狂ってしまった。
彼を起こして引っ張り出す。何をしたらいいかわからなかったけど、「ユキウサギ」ってヒントを彼から聞けた。
寝起きでぼーっとしてる彼は頼りなかったから部屋の奥の倉庫からいろいろ引っ張り出してきた。
準備完了。ユキウサギ?の足跡を見つけた彼に付いていくことに。
しばらく歩いて辿り着いた足跡の終着点。
森の奥の廃墟は正直怖かったけど私以上にビビってる彼を見てしっかりしなきゃと思った。
懐中電灯持ってきてよかった。私の後ろをとぼとぼ頼りなさそうに付いてくる彼はなんだか可愛かった。
探索中、くだらないことで彼を怒らせてしまった。そんなつもりなかったのに。
でもすぐに許してくれた。
「行ってみましょう」
先行する私。正直この穴に入るのは怖かったけど彼の前でビビったら馬鹿にされそうで嫌だった。
「ちょっとスカートの中見ないでよ」
未だにビクビクしている彼を元気づけたくてからかってみたけど、効果はないみたいだった。
蛍がいる。昨日の蛍だ。何か大きな発見をしたんじゃないかと思って喜んでいた矢先、泉の水を飲んだ彼を見たときは気が気じゃなかった。
案の定すぐに気を失っちゃうし。
「おきて!ねぇ!おきて!」
いくら呼び掛けても動かない。脈はあるし呼吸もしている。どうやら、気を失っているだけみたいだった。
「可愛い寝顔」
起きてたらめんどくさいだけの彼も寝てる姿は子供みたいだった。その寝顔に、なんだか懐かしさがこみあげてきて・・・
「なに・・・しやがる」
むくりと起き上がった彼。そんなに寝てたか、じゃないわよ心配したんだから。
心配してるのがバレるのが嫌で私は照れを誤魔化すみたいに彼を急かした。
泉の奥の道を進んで行く。時間がたったせいか蛍がいなくなっていたのは残念。
薄暗い道を進むのは心細かったけど彼が後ろにいてくれるのが心強かった。
途中梯子を上るときに邪な視線を感じた気がするけど、この暗さだし気のせいだよね
。
そして丘の上にたどり着いた私たちは絶望を目にした。
時計塔の上で見ているからといって慣れるものではない。
彼がわかりやすく取り乱しているのが印象的だった。
そのあとに出てきた仮面の男。「順番」だとか「ズル」だとかそんなことどうでもよかった。
彼と仮面の男に面識がある。その事実だけが私の思考能力を奪い去っていた。
慌てて言い訳をする彼に私は言った。
「知ってる」