俺は誰だ?
2日目 俺は誰だ?
千歯こきだとかπがアールだとかマンパワーだとか最近の講義はやたらといやらしくて困る。
妄想が捗って頭に入ってこない。特にやばいのは地図記号だ。あんなもの、確信して作っているとしか思えない。発電所のドスケベさときたらもう・・・
キーンコーンカーンコーン
そうこうしているうちに放課後になった。
教室の外に出るとレイが待っていた。時間ぴったり。
「さぁ、行きましょう」
心なしか少し焦っているように見える。
「なぁ、何かあったのか?お前様子が変だぞ?」
「別に何も」
そう言ってそっぽを向いたレイの表情は見えない。思い過ごしだといいが。
着いた。特別棟3階の角部屋。当然だがこんなところ来たこともないし人気もない。空もだんだん昏くなってきてなんだか不気味だ。
コンコン
「すみませーん」
控えめにノックしてみた。すると
「・・・・どうぞ」
中から女の低い声。この中にはやはり魔女がいるのだろうか。隣を見るとレイがごくりと唾を飲み込んでいるところだった。
ガラガラ。中に入ると真っ暗な中に机がひとつ。かろうじてそこにある蝋燭で見える程度。
わざわざ暗幕を巻いて光を遮るほど徹底している。
「・・・あんたがフォーチュン田中か?俺たちは・・」
「面倒な説明は不要よ。あなたが言いたいことはこの水晶玉が教えてくれたわ」
「なら話が早い。知ってることを教えてくれ」
「急かさないで。あなたがやるべき事が今は他にあるわ」
「やるべきこと?」
レイは俺たちの会話を黙って見守っている。。空気を読んでいるというやつだろうか。
「今は待ちなさい。事件は向こうからあなたに降りかかるわ。」
事件ってもしかしてレイのことだろうか。
「早く行きなさい。時間は待ってはくれない」
こいつももしかしてB型か。自分の都合しか話さない。
そういうと田中は黙り込んでしまった。これ以上の収穫は無さそうだ。
「ありがとう。また何かあったら来るよ」
そういうと俺は部屋を後にした。少しだけ田中の口元が緩んだのは気のせいだったろうか。
「つまりどういうこと?」
二人きりになった帰り道レイが口を開いた。やはり気を使ってくれていたようだ。
「わからん。とりあえず今は待てってことだろう」
「そう・・・」
気まずい沈黙が流れたその時、ピカピカ。夜道で何かが光った。近づいて確認する俺。
「蛍だ」
「蛍?この時期に?」
もう冬に入るこの時期に蛍がいることは珍しい。いやありえない。そもそも蛍が住み着くような綺麗な街ではなかったはずだ。最近よく見る虫の正体はこれだったのか。
「これはもしかしたらヒントになるんじゃないか?ありえないことが起こっている」
「確かに、あのインチキ占い師の言うこともまんざら嘘ではないのかも」
インチキ占い師って田中のことだろうか。確かに名前からして胡散臭かったのは事実だが。
街に起こる不可解な現象。これを集めることがどうやら解決の糸口になりそうだった。
「きっと蛍だけじゃないはず。もっと街には異変が起こっているのよ。私探してくる!」
そういうとレイは走ってどこかへ行ってしまった。何か様子がおかしい。
やっぱり昼間に何かあったんだろう。
「おやおや、相変わらず騒がしいお方ですね」
「うわっ」
気が付くと音もなく俺の背後にスーツの仮面の男が立っていた。
「あんた誰だ?レイが見えるのか?」
俺の第六感がびんびん告げている。こいつは危険だ。
「あなたこそ何者ですか?人に名を訪ねるのならまずは自分からでしょう?」
口元の余裕の笑みが俺をイラつかせる。多分だが仮面の奥の瞳は笑ってはいないだろう。
「あぁ答えてやるよ。俺は・・・俺は・・・」
おかしい。名前を聞かれたから答える。そんな当たり前のことができない。
「そうでしょうとも。あなたは答えられない。それでは、一番最近自慰行為つまりオナニーをしたのはいつ?オカズは何でしたが?」
「馬鹿にするなっ!そんなの・・・」
馬鹿な。答えられない。オナニーは俺の生活の大半をしめるファクターのはず。それが答えられない。
「そうでしょうとも。この事実をあなたはどう考えますか?」
名前もわからない。何を今までしていたかも思い出せない。
「まさか、俺は記憶喪失なのか?」
そうとしか考えられない。でも何故そんなことに気づかなかった。異変は俺にも起こっていた。
「その答えを私から教えることは今はできません。あなたが街の秘密にもう少し近づいたときあるいは・・・・」
手汗が止まらない。簡単に考えすぎていた。心のどこかで俺には関係のないことだと思っていた。
「もったいつけるな!答えろ!」
自分でも驚くほど大きな声が出た。しかし
さーーーーーっと。風が吹いた。仮面の男は跡形もなく消えていた。
「ただいまー」
体がだるい。頭の中がぐちゃぐちゃだ。
俺は誰でなんでここにいる?両親の名前は?俺を俺と定義づける全てが曖昧。足元が崩れ去っていく感覚。気持ち悪い。
「もう寝てしまおう」
モテ男だとか気にする余裕もなかった。シャワーも浴びず俺はベットに飛び込んだ。
「これでよかったのよ」
「いやいいわけないだろ?君のやろうとしていることは間違っているよ」
男女が言い争っている。薄暗い部屋にコンピューターがところせましと並んでいる。
部屋の中央に謎の大きな箱。中で黒いなにかが蠢いている。
「どうして?これでみんな幸せになれるのよ。もう苦しまなくて済むの!」
女が中央の箱を指さす。
「それでも間違っている。そんなのは逃げだよ」
「どうしてわかってくれないの?・・・これがなければあなたは」
ガバっ!
ベットから飛び起きた。何だ今の夢は。夢なんてしばらく見なかったのに。
「妙にリアルだったな・・・」
男の顔は見えなかったが女はたしかに
「レイだったよな・・・」
あいつ何かとんでもないことをしたんじゃ・・・。
シーツが汗でぐっしょりだ。気持ち悪い。風呂にでも入ろう。
タオルを取り出して浴室へ向かう準備をし終えたところで
ガチャリ。
玄関から物音が。どうやらレイが帰ってきたようだった。