男性用【語り部亀八郎〜休憩編〜】
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亀八郎
[あらすじ]《7分程度》
語り部の亀八郎は親も兄弟も居ない。毎日食っていく為に預けられた親類の家を飛び出し、自身の経験や又聞きした御伽噺を語りながら生を繋いでいた―――。
【亀八郎】
やあ、万屋さん。お隣よろしいですか? ああ、どうも。
えぇ、あっしもこの雨に飽き飽きしてきたところでやした。ちぃと話し相手になって下さい。
あっしですか? あっしは語り部やっておりやす。ほぉ、万屋さんの息子さんも語り部でやしたか。
もしかしたら旅のどこかで出会うやもしれやせんね。
あっしは伝承よりか、その地に伝わる御伽噺のその先を話す事が多いです。後は自分の身の上話なんかもよく。
長年語り部なんぞやってると、客の反応より自分がどれだけ楽しく身勝手に語れるかを求めちまうんですよ、ははっ。
……ああ、この様子じゃあ暫く止みそうにないですねぇ。
(相手に雨が止むまで一つ語って欲しいと言われ)
……雨止みに物語を一紡ぎでやすか。お安い御用です。
それじゃあ、どうしやしょうかね。
ああ、そうだ。
あっしが旅先で遭遇した不可思議な体験について、一つ。
当時のあっしは弟子もなく、ただアテも無く彷徨うように旅を続けていやした。計画性もなく歩き続けていたもんですから、路銀と食料が尽きそうになったんです。
こりゃイカンと道でばったり出会った旅人に地図を見せてもらい、一つの村に腰を下ろしやした。
その村の者が、人魚の住む国と繋がる不可思議な湖があると言うんで見に行ったんです。
暫くはその村で語りをする予定でしたから、ついでに話のネタを増やしておこうと思いやしてね。
その湖に辿り着いて驚いた。
少し蒼い水が底まで透き通っていて、異世界にでも来たのかと思ったんです。
見た事のない魚が泳いでいたし、湖の周りに生える木は仄かに光を灯していた。
あっしが湖へ向かったのは昼間でしたから、あまり映えていなかったのが口惜しい。夜に来ていたらそれはもう美しい光景だったろう、と。
そんな不思議な空間を眺めていた時、ふと声が聞こえやした。いや、声というより歌声のようなもので。
あっしはその歌を聞いた時、村の者が湖の話と共に零した言葉を思い出しやした。
『人魚は歌で人を惑わし、誘い出して湖へ引き摺り込む』のだと。
恐ろしい話でしたが、あっしはこの手の話に怯えるほど軟弱な語り部ではなかったんで、歌に誘われた先で何かあるやもしれないと不用心にもそちらへ歩いていったんです。
もしかしたら人魚などではなく、とてつもなく強い力を持った化け物が人魚に言い換えられて伝わっているのではないかとも考えてね。
しかしあっしは目を疑いやした。
歌の先に居たのは人魚でもましてや人を湖へ引き摺り込むほどの化け物でもなく、どこにでも居そうな子供だったんでやす。
あっしは当然そちらへ語り掛けやした。
こんな所で何をしているのかと。
子供は答えやした。
待っているのだと。
あっしは首を傾げ、更に問いかけようとした口を慌てて閉じやした。
子供の目から湖の水に似た蒼く透明な液体が零れ落ちたんです。
なんとなく察していた予想が当たりやした。この子供は普通ではない。
あっしは何かとんでもないもんに手を出しちまったと勘違いをして、その場から逃げようとした時でやした。
子供が言ったんです。
助けて欲しい、と。
あっしは腕の立つ傭兵でもなけりゃ、身の熟し軽やかな旅芸人でもありやせん。
正直、荒事は勘弁して欲しいとまで思ってやしたが、子供の要求は腕の立つ傭兵でも身の熟し軽やかな旅芸人でも叶えられるか分からないものでした。
これを。と差し出されたのは赤く濁った水晶でした。あまりにも汚く濁ってやしたから価値のあるものだとは思えず、あっしは受け取らないまま子供を見つめやした。
すると子供はこう付け加えました。
これに語り掛けて欲しい、これを壊して欲しい。
どうやら子供はあっしを語り部と知っていた様子でやした。その上でその得体の知れない水晶にも、あっしの語りを聞かせてやって欲しいと願って来たんです。そして何故か水晶を壊せとも言いやした。
まるで意味が分からなかった。あっしは子供に疑問を投げ掛けようと足を一歩踏み出した、と思ったんでやすが。
あっしは村の宿屋の自分の部屋に立ってやした。あれ、おかしいな。と周りを見渡してようやっと気付きました。
ああ、狐に化かされたんだとあっしはそう思いましたよ。旅の疲れで眠っちまって、村の者から聞いた与太話を夢に見ちまったんだと。
それからあっしは7日ほど村に滞在して金を稼ぎやした。都からも離れた小さな村でしたから、噂話にすら良い反応をくれやした。
路銀も充分に貯まり、あっしは8日目に村を去りました。
もうその頃にはすっかり湖での事なんて忘れてやした。…いや、忘れていたというより夢だと思い込んでいた、と言うべきでしょうね。
村から離れ、暫く歩いていた時、背後からピキっと何かが割れる音が聞こえやした。
何事だ、と後ろを向きやしたが何も無い。
気のせいかと歩き出せばまた背後でピキっと音がした。しかし振り返っても何も無い。
いよいよ気味が悪くなって、あっしは立ち止まりやした。
するとね、あの時の子供の声が聞こえたんです。さすがに怖くなって、あっしは足早にその場を去ろうとしやした。
そんなあっしの耳元にクスクスと面白そうに笑う声と、ピシャンっと何かの割れる音が届きました。
その瞬間に悟りやした。あの子供と水晶は夢などではなかったのだと。
情けなくもあっしはぎゃあ、と叫んで走り出しました。そこから先はよくは思い出せやせん。
あの湖が何だったのか、子供の正体は、あの水晶の真実は……一体どういう事だったのか。村人が言う恐ろしい人魚の話すら、本当だったのか結局の所分かりやせん。
ただ一つだけ分かるのは。
興味本位でやたら色んなもんに手を出しちまうのはいけねぇって事ですね、ははっ。
…………っと、雨ももう止みますね。
それじゃあ、万屋と語り部。目的は違えど同じ旅をする者同士。―――またどこかで!
STORY END.