男性用【母が泣きました】
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嬉しそうな声
[あらすじ]《6分程度》
母の涙を見た事はありませんでした。いつだって母は凛々しく、気丈で、立派な女性でした。だから、僕は初めて母の涙を見たのです―――。
【嬉しそうな声】
母は本当に泣かない人でした。
生まれるはずだった妹が死産した時も、
父の不倫が分かった時も、
僕に離婚を説明する時も、
父方の祖父母に、子供だった僕でも分かるような、嫌味を言われた時も、
母は決して泣きませんでした。
もしかしたら、僕の居ない所では泣いていたのかもしれないけれど。
僕の前では、母はいつも真面目な顔をして、「なるようになるわ」とまるで呪いのように言うんです。
僕は子供ながらに、それを『凄い』と思いました。僕は誰に似たのか、随分と泣き虫でしたから。
だけれど、母はそんな僕を笑った事はありませんでした。
『男の子でしょ』だなんて、よく聞くような台詞も母の口から出た事はありません。
「痛くなくなったら泣き止みなさい」とか、「悲しくなくなったら泣き止みなさい」とか、そんな事を言って、思う存分泣かせてくれるんです。
小学生の時、『泣き虫野郎』だなんて幼稚な渾名でイジメられた時も、母は泣き虫を治そうとはしませんでした。
「貴方が泣き虫な事が、誰の迷惑になった?」「泣き虫だって、一つの個性だわ」
冗談交じりにそう言って、だけれど表情はいつも真面目で。
いつの間にか、泣き虫も大人しくなりました。思春期に入って、母と喧嘩もよくしました。
少し乱暴な言葉を放っても、母は冷静でしたし、泣きませんでした。
代わりに僕が泣いて、「痛い言葉は、誰の心も幸せにしないわね」と母に言われた事もありました。
高校生になって、僕は小さな頃から得意だったピアノの腕を伸ばしました。
案の定というか、なんというか、「男がピアノなんて」と揶揄われました。
だけれど、母は真面目な顔で「音楽室にある音楽家の写真は、みんな男の人ね」と言うのです。
母はいつもそうやって、茶化す事もせず、寛大な心で僕を受け入れてくれました。
それから僕は専門学校へ進学して、今の奥さんに出会いました。
僕から告白して、付き合いだして、だけれど情けなくも、彼女が初めての恋人だった僕は、何度も彼女を悲しませたし、泣かせる事も度々ありました。
それなのに彼女は、僕に呆れる事も、飽きる事もなく、僕の傍に居てくれました。
プロポーズの日。緊張でどうにかなってしまいそうな時、何故だか母から電話が掛かってきたんです。
あ、僕は専門学校に進学すると同時にひとり暮らしを始めたので、滅多な事がない限り、母と連絡を取り合う事はなかったんです。
母は電話口の僕の様子がおかしいと気付いていただろうに、だけれど何も聞かず
「夏休みは帰ってくるの」とか「ちゃんと食べてるの」とか在り来りな事ばかり。
僕は緊張とかそういうのが全部吹き飛んでいく気がして、「夏休みは帰るよ」「ちゃんと食べてるよ」なんて在り来りな返事をしました。
そうしたら母が「そう、なら良かった。頑張んなさい、泣くのは全部終わってから」って言ったんです。
もしかしたら母は魔法使いか何かなのかって馬鹿な事を思うくらい、骨の髄まで見透かされた気分でした。
プロポーズは上手くいって、案の定泣きじゃくった僕は彼女に笑われながら、幸せを噛み締めていました。
彼女の両親の所へ、娘さんを下さいなんて頭を下げに行った僕に、彼女の両親は「幸せにしてくれるのなら」と笑って許して下さいました。
(少し苦笑いして)
正直怒られる覚悟でご挨拶に行ったんですけど…、取り越し苦労だったみたいです。彼女に「だから心配しなくていいって言ったでしょ」なんて、また笑われましたよ…。
そうして、彼女と一緒に母へ会いに行きました。少し他愛もない話をしてから、僕が「この人と結婚したいと思ってる」と切り出すと、
………母が、泣いたんです。
声も上げずに、涙だけが勝手に落ちているような、そんな感じで。
思わず「えっ」って。僕の方が声を上げたら、母は慌てて涙を拭いました。
それでも母の目からは何粒も涙がこぼれ落ちて、彼女が母にハンカチを渡すのを見ている事しか出来ませんでした。
「泣かないようにと思っていたのに」と母はハンカチで目頭を押さえながら言いました。
初めて見た母の涙に、こちらまで感極まって泣き出すと、彼女が僕と母の両方を見て「似た者親子ね」と笑いました。
そして母は涙を流しながら、
「幸せにしてあげて。そして貴方も幸せになるの、絶対よ」
そう、言ってくれました。
僕らは一緒に頷きました。僕はこの人が僕の母親で本当に良かったと、心の底から思いました。
……………今日も、泣いてくれるかな。
…あー、ヤバい…。また僕の方が先に泣いちゃいそうだ…。
(慌てて鼻をすすって)
こんなのが新郎なんて、みんなが心配しちゃいますね。
そろそろ行きます、今日は泣くヒマがないくらい大忙しですからっ。
STORY END.