男性用【語り部純彦〜紅茶編〜】
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純彦
[あらすじ]《5分程度》
語り部純彦はタバコを燻らす端正な顔立ちの男だ。換金屋も兼営している故に賢い彼の語りは密かに人気なのである―――。
【純彦】
(タバコの煙を吐き出す)
ふーっ…。
ああ、煙は苦手か。済まないが、これは俺の媚薬なのだ。…無理はしないでくれ。俺以外には毒でしかない。
さあ。今日は―――…ああ?
換金したい? 止せ、今は本業中だ。語りが終わるまで待てるならそうして欲しい。…この近辺にも換金屋は居る。急ぎなら其方に頼んでくれ。
さて邪魔が入ったな。
今日は太陽の光で色が変わる紅茶の囀りを聞いてくれ。
ヒラグ地方の南西には紅茶好きの貴族が住んでいた。その貴族はヒラグ地方では栽培不能だった種類の茶葉を繁殖させたとして有名な人物だった。
名をシリウス・マーキス。
聞いた事がある者もいるだろう。マーキス家と言えばヒラグで最も有名な茶葉専門店を営んでいるからな。
シリウスはその第一人者だと言われている。
シリウスは若くして亡くなった前妻の命日にいつも珍しい紅茶を飲んで彼女を悼む時間を設けていた。
その時間は後妻や子供らも邪魔する事の出来ないシリウスと前妻だけの時間だった。
ある年の事だ。
シリウスは自分の持つ庭園に生える茶葉の中に見覚えのない茶葉が生えている事に気がついた。
見た事の無い種類の茶葉だったが、シリウスはそうならば数日後にやって来る命日に相応しいかもしれないと茶葉を摘んで他の茶葉と同じように天日干ししておく事にした。
そうしてやって来た命日は例年よりも少しだけ寂しさが薄れていた。楽しみだとも言うかもしれないが、あまりに不謹慎だからな。…その表現はここでは控えておこう。
シリウスは乾燥させた茶葉を魔法で温められたティーポットに入れて、まずは湯と混ぜ合わさったばかりの香りを楽しんだ。
香りはシリウスがいつも飲んでいる紅茶と大差なく、鼻の奥に残る香りにミントとよく似たスッキリした成分を感じた。
これは紛れもなく、偶然の交配で生まれた新種だと、シリウスは嬉しくなる。
彼は命日にしか用意しない、前妻との思い出のティーカップに紅茶を注いだ。
カップに注がれた紅茶は見た事の無い淡い赤色だった。
シリウスは密かに胸が高鳴った。
そうしてゆっくりと、ティーカップを持ち上げて一口啜って、…怪訝に眉を顰めた。
何だこれは、と吐き出しそうになったシリウスは思い留まって飲み込んだ。後味にすら吐き気がして、シリウスはため息を零す。
見た事の無い茶葉だと年甲斐にもなく燥いで馬鹿をやったな、と。
シリウスはもうそれ以上その紅茶を飲む気にはなれず、丁度陽が差す窓際へと追いやった。
ティーカップにたっぷりと入った紅茶が揺れる。
新しい紅茶を入れようかと悩んでいたシリウスの目に淡い赤ではなく、夏の空のように澄み渡った青が映った。
思わず二度見したシリウスはティーカップを自分の方へと引き寄せた。カップの中には間違いなく淡い赤色の紅茶が入っていたはずだ。
しかしどういう訳か。カップの中に赤の気配はもうどこにも無かったのだ。
シリウスの喉がゴクリと音を立てた。
何の奇跡か。あの不味いだけだった赤い紅茶はまるきり姿を変えてしまった。
もしかすると味もまるきり変わってしまっているのではないか。
シリウスは再び胸の高鳴りを感じる。
まるで吸い寄せられるようにティーカップを持ち上げたシリウスは、だけれど恐る恐る紅茶を一口啜った。
シリウスは驚いた。
まず舌先を刺激したのは強い酸味。次に蕩けるような甘味。そうして酸味と甘味が口の中で喧嘩しないよう、包み込む圧倒的な旨味。
シリウスは弾けるように笑った。
これこそ、彼女との逢瀬に相応しい一品だと。
シリウスはその年から彼女の命日には必ずその紅茶を飲む事にしたそうだ。
その紅茶はどこで飲めるのか?
ヒラグの紅茶専門店に行ってみろ。
『逢瀬のキス』、そんな大層な名前を付けられて入口のすぐ近くに置かれているぞ。
気になる者は行ってみるといい。
…これがシリウス・マーキスを虜にさせた甘美な囀りの一端だ。
さて、今日はこのぐらいにしておこう。今度どこかで会えた時には、束の間の囀りを奏でよう――。
STORY END.