男性用【春仰ぎ】
声劇タイトルは
【はるあおぎ】と読みます。
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優しげな男性
[あらすじ]《3分半程度》
春が来ると忘れようと思っても脳裏にあの子の事が蘇ってくるのだ。アレは何時の話だったか。そうだ、少しお前にも聞かせてやろう―――。
【優しげな男性】
冬の間に散々降り積もった雪が春の運んでくる温かな光に解けていこうとした、季節の移り変わる、何とも言えない心地よい日だったよ。
雲の切れ間から覗いた光の筋にあの子が照らされていたのは。
幻想的だった。私の空想と言われれば「そうだ」と納得すら出来るような光景だった。
私が暫く眺めているとあの子はこちらに気が付いて余所余所しくも軽く会釈をしてくれてね。
その瞬間だった。
風が、春の匂いを運んできた。
あの子は突然吹いた風で解けた髪を耳にかけ、ふわりと膝辺りまで舞った裾を手で押えたのだ。
その仕草がまるで、妖精のようで。
知らずのうちに微笑んでしまっていた私にあの子は、…あろう事か近付いてきてね。
そうしてそっと私の頬に手を添えて「大丈夫ですか」と心配そうに聞いたのだ。
涙を流していたらしい。どうしてだろうな。…今思い返しても、何故かは分からないのだ。
ただ、私はめいいっぱい目の前の彼女を抱き締めたよ。何だか酷く愛おしくなって。何だか春の風に彼女が攫われてしまいそうで。
彼女は私からの突然の抱擁に暫く動揺していたようだけれど、軈ておずおずと私の背に彼女の細い腕が触れた。
私は彼女に「帰りたいか」と聞いたのさ。そうしたら彼女はハっと息を呑んでから「いいえ」と震える声で答えたんだ。
………。
今もあの時代も、貴族の娘に恋の自由など無かったんだ。彼女は私のような年上の男になんぞ嫁ぎたくなかったろうに。
私はもう一度「帰りたいか」と彼女に聞いたのだ。だけれど彼女の答えは否定ではなかった。「そうしたら貴方は一人になってしまいますか」と私を抱く力を一層強めてそう聞いてきた。
私が答えられずにいると彼女は「…一人は寒いですよ」と私の顔を覗き込んだ。
そうしてこう笑った。
「私よりずっと大人なのに私よりずっと泣き虫なんですね」
(思い出したように)
そうだ。あの日が、彼女を手放せなくなった日だ。
……何? その話はもう聞いた? 父様の話はそればかりだ? …全く、生意気な子だ。一体誰に似たんだ。
今度は母様に話を聞いてくる? コラっ、母様は今、身体を休めているんだ。お前が行って休めなくなってはいけないだろう。
まあ、そう拗ねるな。
お前の弟か妹が出来るのだから悪い事ばかりではあるまい。
(イタズラじみた言い方で)
さあ、もう少し私の話し相手になってくれ。今度は何の話をしようか―――?
STORY END.