1 動乱の始まり
後書きにてお知らせがあります。
魔界で王都に次ぐ規模を持つ、獄炎都市ジレッガ。
名前の通り、炎に照らしだされた灼熱の都市だ。
真紅に染まった街並みの中心部で、二人の魔族が対峙していた。
魔軍長。
ともに、魔王の側近を務める高位魔族である。
「ジュダ、儂の仲間にならんか?」
獣帝ゼガートが単刀直入に切り出した。
「んー……気が乗らないなぁ。今日は一日のんびりごろごろしようと思ってたんだ」
「あいかわらず、ふざけた奴だ」
つぶやきつつ、油断なく極魔導ジュダを見据える。
外見は、銀髪に褐色肌の美少年。
飄々として、柔和な笑顔。
とても猛者には見えない。
だがその実、彼は並の魔王クラスを凌ぐ超魔力の持ち主だ。
始まりの魔王ヴェルファーとともに太古の戦いで神々と渡り合った、もっとも古く強力な魔族の一体。
ゼガートとて、気を抜けば殺されかねない相手だった。
(どう出る、ジュダよ)
油断なく、鋭い眼光を極魔導に浴びせる獣帝。
「ふあ……」
そんな彼の緊張感を知ってか知らずか、ジュダはあくびをした。
のん気なその顔には、戦意のかけらも見えない。
「だいたい君は魔王くんに忠誠を誓ったんじゃないの?」
と、ジュダ。
「儂が反乱を起こしたのは、魔界の未来を憂いてのことだ。今代の魔王に忠誠を尽くすことはできん」
「未来……ねぇ」
「フリードは確かに強い。だが王としてあまりにも甘い。あくまでも一戦士としての器であって、王としての器ではない……ゆえに」
ゼガートが一歩踏み出す。
じりじりとジュダとの間合いを詰めていく。
「儂がこの世界を総べる。そのために立ち上がったのだ」
「ただの権力欲に見えるんだけどな」
ジュダの目がすうっと細まった。
「君、かつての魔王ロスガートの子孫だよね?」
穏やかな表情に一瞬、鋭い殺気が宿る。
「昔から野心を持って、魔王の座を狙ってたんでしょ? で、コソコソと準備を進めていた──違う?」
「それがどうした」
ゼガートはその殺気を正面から受け止めた。
「野心は、ある。同様に魔界を憂う気持ちもある。その二つは同時に成り立つものであろう?」
「少なくとも彼は……フリードくんは魔界のためを思って行動している。でも君が行動するのは、野心を満たすため」
ジュダが微笑む。
「魔界を憂うっていうのが、どうにも薄く聞こえてねー。本当のところは、野心を満たすための方便なんじゃない? それって『王の器』なのかな?」
「それがお前の返事か」
ゼガートがうなった。
「お前は儂を認めない……そう理解していいのだな」
「いいよー」
ジュダの返事は軽い。
「っ……!」
だが、彼から放たれる殺気は、ゼガートを押しつぶしそうなほどに重く、強くなっていた。
労せずして手駒になってくれればベストだったが、それは叶わないようだ。
ジュダに対しては策を弄するより、本音をぶつけたほうが仲間に引き入れられる勝算は強い──と踏んだのだが。
(まあ、仕方ない。それならそれで違う手立てを取るまで)
「ジュダ、確かにお前は強い」
ゼガートがじりじりと間合いを詰める。
相手は魔術師だ。
距離を詰めて戦うのがセオリーだった。
離れれば、ジュダは最上級呪文を連打してくるだろう。
「だが、我らを同時に相手にできるかな」
「同時?」
「自分もお忘れなく、であります」
空間から溶け出るようにして、銀色の騎士が現れた。
魔軍長の一人、錬金機将ツクヨミだ。
「ツクヨミくんもいたのか。それは魔力探知を封じる結界装置かい?」
「魔力だけでなく、光、音、気配……あらゆるものを遮断し、覆い隠す装置であります。自分が開発したのであります」
「へえ、改造生命体も進化したものだね。私は、そっち方面はあまり研究しなかったけど……君を作ったイザナくんは大した錬金術師だ」
ジュダが微笑む。
「で、魔軍長二人がかりかい? それで私に勝てるつもり?」
「いや」
彼の背後から声が響く。
ゼガートがニヤリと笑った。
ジュダがそれを見て訝しむような表情を浮かべる。
「三人だ」
発した声はゼガートでも、ツクヨミでもない。
ざんっ!
背後から突き出された刃が──ジュダの胸元を貫く。
「が……は……っ」
美貌の少年は口から血を吐き出し、倒れた。
「君……は……!?」
愕然とした表情でうめくジュダ。
その瞳に映るのは、血塗られた刃を構えた魔族の姿。
獣帝の、もう一人の味方の姿。
「儂に従わぬなら、しばらくの間おとなしくてしてもらおうか。フリードと戦うときに加勢されては厄介だからな」
ゼガートは倒れたジュダを傲然と見下ろした。