9 獣帝の決起
ゼガートは、フリードが新たな魔王となって以来、その対策を練ってきた。
確かに彼は強い。
単純な魔力やステータス面ならば、歴代魔王でも最強だ。
ゼガートとて、正面から立ち向かえば確実に殺されるだろう。
「だが、付け入る隙はある」
つぶやく獣帝。
人間界での戦いの記録から、彼が『一定の条件』がそろったときに、魔王剣の欠片によって弱体化することが分かっている。
それを利用すれば、こちらにも勝機はある。
すでに『一定の条件』については、十中八九、見当がついているし、その発動のための欠片も手にしている。
「ただし──魔王を封じても、その側近も十分に手ごわい」
ゼガートが、ふうっ、と息を吐き出した。
「そこを切り崩さないかぎり、最終的な勝利はない」
「然り、なのであります」
かたわらのツクヨミがうなずく。
「仮に魔王を封殺できても、リーガルやジュダ、あるいは新たな力に覚醒したステラ辺りを同時に相手取ると、さすがに勝ち目は薄いだろう」
直接戦闘能力ならゼガートは魔界最強クラスだし、ツクヨミもコアを破壊されないかぎり半永久的に活動を続け、高い白兵戦能力と魔力を兼ね備える最上級の改造生命体だ。
また彼の片腕であるシグムンドも魔軍長クラスが相手ならともかく、並の魔族など歯牙にもかけない強さを誇っている。
その他、ゼガートが率いる軍勢はいずれも魔界随一の、一騎当千のつわものぞろい。
だが──、
「回復能力の高いオリヴィエや精神魔法の達人フェリアも厄介な相手であります」
ツクヨミが言った。
さすがに魔界全軍と正面から戦えば、勝算はあまりにも薄い。
「いや、無謀と言っていいな」
ゼガートはニヤリと笑った。
「だが、リーガルを我らが陣営に引き入れ、ジュダを封じられれば──残りの連中は、直接戦闘能力では儂らに劣る」
獣帝の眼には明確なビジョンが見えていた。
「立ち回りさえ間違わなければ、勝てる」
勝利と、その先の──自身の魔王戴冠へのビジョンが。
ゼガートは魔軍長の一人、リーガルの元へ向かった。
「俺に、貴様らの仲間になれ……と? それも、魔王様に対する謀反の」
ゼガートをにらむ不死王。
髑髏ゆえに表情は分からないが、赤い眼光は明らかに怒りの感情を宿していた。
「戯言にしても看過できんぞ……!」
「戯言ではない」
ゼガートが平然と告げる。
「儂はお前の力を高く評価している。ゆえに誘いに来たのだ」
「本気か。ならば俺は、魔軍長の一人として──魔界の屋台骨を担う一人として、貴公を斬らねばならぬ」
リーガルが剣を抜いた。
無数の骨を組み合わせたような、異形の剣だ。
「まあ、待て」
ゼガートはそれを片手で制した。
「魔王の正体を知っているのか?」
「正体?」
「奴は、人間だ」
「……馬鹿な」
言いつつも、リーガルの声にわずかな震えが混じる。
あるいは、何か彼なりに感づいていることがあるのだろうか。
あるいは、仮面の下のフリードの素顔を見たことでもあるのだろうか。
「無論、その体は魔族だ。しかし、奴の精神性は人間のまま。早い話、魔族の皮をかぶった人間が、この魔界を支配しているといえよう」
「……人間、か」
「そう、お前が何よりも憎む人間が、だ」
ゼガートとリーガルの視線が中空で絡み合う。
「魔王様が──魔王が、人間……か」
不死王の視線には、わずかな動揺が見て取れた。
※
「さて、と」
俺は仮面の下で小さく息を吐き出した。
今日は何から片付けるか。
平常業務はあいかわらず多いが、ステラのサポートのおかげでそれほど手間取らずに済む。
最近では俺も各種の陳情書などの中身について理解を深めてきたし、ステラとも意見を交わすことが多くなっていた。
王として、少しは成長しているだろうか、俺は。
結界のことや、魔軍の編成のこと、先の戦いの負傷者の治療、破壊された町の復興、その他にも問題は山積だ。
だけど、俺には頼もしい部下たちが──仲間たちがいる。
ステラや他の魔軍長、魔族たちと力を合わせて、魔界を盛り立てていこう。
そんなことを考えながら、執務室へ向かう途中──、
「魔王様!」
ステラが駆け寄ってきた。
様子が妙だった。
「非常事態です」
彼女の顔は青ざめている。
「どうした、ステラ?」
俺は仮面の下で眉を寄せた。
「獣帝ゼガートと錬金機将ツクヨミ、および彼らの指揮する第四軍と第七軍が……」
告げるステラ。
嫌な予感が、背筋を凍らせた。
「謀反を、起こしました」
次回から第10章「魔界動乱」になります。
11月下旬~12月上旬くらいから更新再開予定です。
再開日時が確定次第、あらすじ一行目に表示させていただきます。
気長にお待ちいただけましたら幸いですm(_ _)m
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます(*´∀`*)
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