4 フリードとユリーシャ
俺は魔王城の『開かずの間』にやって来た。
ここには先代魔王ユリーシャの霊体が住んでいる。
住む──というか、まあ居着いているんだが。
「久しぶりだな」
俺は部屋に入り、彼女のもとに歩み寄った。
あどけない美貌に、足元まで届く黒い髪。
体が小さいため、黒いローブはだぼだぼである。
「随分と放ったらかしだったではないか」
ユリーシャはおかんむりのようだった。
「まったく……なかなか会いに来てくれんな」
小さな子どものように頬をぷくっと膨らませ、口をとがらせている。
「悪い。いろいろと忙しくてな」
「一人で過ごすのは退屈なのだぞ」
「……お前と話が合いそうな魔族でも探してみるよ」
ユリーシャをなだめる俺。
もちろん、口が堅そうな者というのは大前提で。
案外オリヴィエ辺りがいいかもしれない。
彼女なら、『わー! ちっちゃいです、可愛いです、萌えます~!』といった反応が容易に想像できる。
「ん、どうした?」
「……いや。お前と仲良くできそうな魔族に心当たりがあった」
「ほう」
「今度連れてくるよ」
「約束だからな」
ユリーシャがずいっと顔を近づけた。
目が爛々と輝いている。
新しい友だちができるかもしれない──そんな感じの、期待のまなざしだ。
「ああ、魔王として誓おう」
「ならば、よし。で、今日の要件はなんじゃ?」
ふんぞり返りながらたずねるユリーシャ。
「実は──」
俺は先日の戦いのことを話した。
「地下に秘められた『力』か」
「何か知っているのか、ユリーシャ」
「『始まりの魔王』ヴェルファーとの戦いで、神は大きな傷を負ったという。そのときに『神の力』の一部が魔王城の地下に封じられていたのかもしれんな」
俺の問いに答えるユリーシャ。
「魔王城の地下に……?」
「そのリアヴェルトとかいう奴の話や行動からの推測じゃ」
先代魔王はため息をつく。
「魔王とはいえ、わらわにも分からぬことは多い。あるいは、すべてを知っているのはヴェルファーだけかもしれんの」
「その力をリアヴェルトは手に入れて……あれだけ強くなった、ということか」
「しかも、その力はおそらく天界に渡った」
ユリーシャが苦々しい口調で語る。
「やはり、そうか」
リアヴェルトを倒したとき、奴は虹色の光を魔界の外まで放ったからな。
今ごろ、神のもとに『力』がわたってしまっているかもしれない。
「遠からず、神はさらなる力を得るじゃろう。そして神が強くなれば、その使徒たる天使や勇者たちも強くなる。戦いはますます激しくなるじゃろうな」
「俺たちも、もっと防衛強化しないとな」
ため息をつく俺。
「防衛?」
ユリーシャが、ふん、と鼻を鳴らした。
「ぬるいのう。こちらから攻めて出たらどうじゃ?」
「こっちにも多くの犠牲が出る。それに、攻めより守りのほうが有利なのは確かだろう」
「ふむ、一理ある」
うなずくユリーシャ。
「どう戦うにしても駒をそろえねばならんのう」
言って、俺をじろりとにらむ。
「何よりも、お主を中心に魔軍がまとまらなければならん。今の魔軍の結束はどうだ? 不穏分子はおらんか?」
不穏分子──。
脳裏に浮かんだのは、ゼガートだった。
「……いない、とは言えないな」
俺は苦い気持ちでうめいた。
「魔王の剣を修復できれば、神が魔族にかけた弱体化の呪いも解ける。そうなれば、たとえ勇者が強くなったところで、十分に戦えるじゃろう」
「煉獄魔王剣……か」
だが、現状ではその探索になかなか手が回らない。
残る欠片は六つ。
いったい、今どこにあるんだろうか。
そこで、ふと思った。
もしかしたら──ステラの眼を使えば、探せるんじゃないか。
「……申し訳ありません。まだ、あの力は自在に制御できないのです」
さっそくステラにたずねたが、彼女はすまなさそうに首を左右に振った。
「あのときは極限状況でしたし、気持ちも、その、すごく高ぶっていましたたので………………………………フリード様にファーストキスを捧げたし」
最後に、恥ずかしそうにぽつりとつぶやくステラ。
はっきり言って、可愛い。
「す、すみません、よけいなことを言いました」
「い、いや、いいんだ」
俺も、ついステラに見とれてしまった。
この間、告白されて以来、やはりどうしても意識してしまう。
「仮に『黙示録の眼』を使いこなせるようになったら、魔王剣の欠片を探せると思うか」
「あの眼はすべてを見通す瞳術です。可能性は十分にあると思います」
うなずくステラ。
「そうか。容易なことじゃないとは思うが、なんとか習得してくれ」
「仰せのままに、フリード様」
ステラはうやうやしくうなずいた。
──とりあえず、魔王剣の欠片の探索絡みはいったんここまでのようだ。
「まだまだ負傷者が多いな」
救護所に並ぶ魔族の列を見て、俺はため息をついた。
魔王城の近くに作られた、療養施設。
そこでは、先の戦いで傷を負った魔族たちが治療を受けていた。
「はい、一列に並んでくださいね」
「そこ、順番を抜かさない」
治癒能力にたけた第六軍が連日奮闘している。
中でも魔軍長である『邪神官』オリヴィエの働きぶりはすごい。
片っ端から治療魔法をかけまくっている。
「『治癒の輝き』! 次の人も『治癒の輝き』! それから『大回復』! あ、そちらの二人は点滴をしてくださいね。はい、次の人は輸血と併用して治癒魔法をかけますからね……って、魔王様?」
オリヴィエが俺を見た。
「あ、すまない。様子を見に来ただけだ、続けてくれ」
俺は片手をあげて、彼女を制する。
邪魔をするわけにはいかないし、俺は離れた場所に移動した。
俺自身も治癒魔法は使えなくはないが、かなり苦手だ。
魔王のステータスはそのほとんどが攻撃に偏っている。
とはいえ、治癒を全く使えないわけではないから、俺も軽傷の者の治療を手伝うことにした。
「『ラージヒール』」
苦手とはいえ、魔力だけは他の魔族とはけた違いにある。
とりあえず『ラージヒール』の連打だ。
手当たり次第に治癒していく。
「す、すごい……あっという間に」
「ある程度の傷を負っているものは、すぐに治せないが……やれる範囲で治癒しておいた」
「ありがとうございます!」
第六軍の魔族たちが俺に礼を言う。
いずれも医者を思わせる白衣姿の女魔族だった。
人型もいれば、獣人タイプや不定形生物、魔獣型までバラエティ豊かである。
と、
「魔王様、先ほどはすみません~」
オリヴィエが俺のもとにやって来た。
「いや、俺のほうこそ邪魔をしたな。いいのか、持ち場を離れて」
「ちょうど、休憩のタイミングなので」
にこやかに告げるオリヴィエ。
「私、瞬間的に魔力を高めるのは得意なんですけど、あまり魔力容量が大きくなくて……」
たとえるなら、瞬発力はあるがスタミナはない、という感じだろうか。
「もう少し魔力が戻るまで、少しお休みです」
「お前たち六軍のおかげで、負傷者たちも続々と回復している。感謝する」
俺はオリヴィエをねぎらった。
「えへへ、私は直接的な戦闘能力は全然ありませんから。せめて、こういうことでがんばろうかと」
「魔軍長にはそれぞれの役割がある。お前の働きは重要だ」
俺は仮面越しに、オリヴィエに微笑んだ。
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