3 王と臣下と恋心
ステラは、俺が魔王として生まれ変わってから初めて出会った魔族だ。
いつも側で支えてくれた。
いつも懸命に支えてくれた。
感謝してもしきれない。
元は人間の勇者だった俺が、今もこうして『魔王フリード』としてやっていけるのは、彼女あってのことだ。
だから俺は、ステラに対して戦友とか相棒という気持ちが強い。
もちろん、たぐいまれな美少女であることは認識しているし、女性として魅力的だとも思う。
ただ、あらためてその気持ちが恋愛感情なのかと考えると──。
分からなくなってくる。
俺は、ステラをどう思っているのか。
胸が甘酸っぱくうずくような、心臓の鼓動が高鳴り、ときめくような感覚は確かにある。
だが、それが明確な恋愛感情なのかどうか。
考えるほどに、わからなくなる。
四十を超えた男がまるで少年のように惑ってしまうことに、我ながら新鮮な驚きを覚えた。
「私は、臣下にあるまじき想いを抱いてしまいました。どうか、罰をお与えください」
ステラが重ねて処罰を懇願する。
「なぜ罰を与える必要がある?」
俺はステラに微笑んだ。
「お前の気持ちを嬉しく思う」
「……お優しいのですね。私を気遣って」
「気遣いじゃない。今のは本音だ」
言いつつも、無難な回答で逃げているのかもしれない、と心の片隅では思う。
俺の回答はずるいだろうか?
先延ばしにしているだけなんだろうか。
だけど──。
「……ありがとうございます」
ステラは微笑みを返してくれた。
「──勇者との戦いも、いつかは終わりましょう。そのときにもう一度──気持ちを伝えさせてくださいませ」
ステラの微笑が、はにかんだ笑みに変わる。
やはり、可憐だと思う。
俺が今までの人生で出会った、どんな女よりも。
「それまでは、女としてではなく臣下として──あなた様に全力で仕えます」
「分かった」
俺は彼女を見つめた。
「その日が一日も早く来るよう、俺も全力を尽くす。魔王として」
「話は変わるが、あのときステラが使った力はなんだったんだ?」
俺はステラにたずねた。
「普段の『第三の瞳』とは明らかに違ったようだが」
「あれは──私も夢中だったので、確信はありませんが」
ステラが告げる。
「おそらくは『黙示録の眼』」
黙示録の眼……?
どこかで聞き覚えのある単語だった。
「そうか、ステラの過去で……!」
夢魔姫フェリアの探索行の途中、俺たちはステラの故郷──アーゼルヴァイン公爵領に閉じこめられたことがあった。
それは、実際はフェリアの作り出した夢の中の世界ではあるが。
その中で俺はステラの夢を──過去を、体感した。
彼女の母にして、先代魔王の側近──魔神眼のマルセラ・ディー・アーゼルヴァイン。
多忙な母の関心を引こうと、幼き日のステラは己の力を磨き続けた。
ステラは、天才だった。
すさまじい勢いであらゆる瞳術を習得し続け、ついには眼魔の中で禁忌とされる力に目覚め始めた。
それが、『黙示録の眼』だ。
マルセラはステラの成長を押さえ、彼女の第三の瞳に強力な封印をかけた。
そのため、ステラは瞳術の力が弱まってしまったのだ。
「ですが、その封印が解けつつあるようです」
ステラが告げる。
「『黙示録の眼』は魔王の座すら脅かすかもしれない無敵の瞳術。ゆえに、眼魔はこの力を禁忌としてきました。魔王様への忠誠ゆえに」
「魔王の座すら……」
「私の眼は、今は不完全ですが……いずれ完全な『黙示録の眼』に目覚めるかもしれません」
ステラは、ふいに思いつめたような顔になる。
「そうなる前に、あなたの手で私を──」
「ステラ?」
「あなたの手にかかるなら、私は……一片の悔いもありません」
「手にかけろ、だと? そんなことをするわけがないだろう」
俺は静かに首を振った。
「だいたい、ステラには大きな恩がある。神の力を得たリアヴェルトの隙をつけたのは、お前の眼があってこそだ」
ステラの肩を抱く。
「感謝の言葉しかない。今回に限らず、いつもな」
「いえ、そんな……」
照れたように、ステラがはにかんだ。
「俺は、お前を信じている。これからも側にいてほしい」
「……あなたの望むままに。フリード様」
ステラが濡れたような瞳で俺を見つめた。
「この命を懸け、あなたに仕えます」
ステラとの話を終えると、俺は魔王城の最上部に向かった。
久しぶりに『彼女』に会って、話を聞くためだ。
先代魔王ユリーシャに。
魔王城地下に秘められていた、あの力のことを──聞かなければならない。