2 事後処理
魔界第二の都市──獄炎都市ジレッガ。
「リーガルは見つかったか、ステラ?」
「はい、アンデッド固有の魔力波形を感知しました。この先です」
俺はステラ、オリヴィエとともに、このジレッガに来ていた。
獄炎都市という名の通り、町の四方から黒い火柱が立ち上っている。
ジッとしているだけで汗ばむどころか、下手をすると熱病になりかねない。
その熱気を軽減するため、俺は軽い冷却魔法を周囲に展開していた。
三人で涼を取りながら進んでいく。
やがて、
「いました」
前方には無数の骨の欠片が散らばっていた。
ひときわ大きな欠片は、半分に絶たれた頭蓋骨。
リーガルの頭部、その一部だ。
「無事か、リーガル」
俺は頭蓋骨の元へ駆け寄った。
「無様な姿をさらしております、王よ」
リーガルが告げる。
淡々とした口調ながら、その声には悔しさがにじんでいた。
先の戦いで四天聖剣に敗れ、バラバラにされたようだ。
それでも特に命に別状はなさそうなのは、さすが不死王といったところか。
「待ってろ、今オリヴィエに治癒してもらう」
「生き恥をさらすとは……無念です」
「恥だと思うなら、次の戦いでそれを雪げ。いいな」
「……承知、しました」
言いつつも、リーガルはまだ悔しげだ。
今回の敗戦で、武人としての誇りをいたく傷つけられたのだろう。
「じゃあ、私が治癒しちゃいますね」
オリヴィエが進み出た。
腰から九本の尾が長く伸びる。
体中に無数の鬼火をまとい、普段ののんびりしたキャラからは想像もつかないほどの莫大な魔力を放出する。
「『治癒の火の輪』──」
静かに唱えたオリヴィエの前方に、言葉通りの青白い炎の輪が出現した。
その輪が広がり、リーガルの頭部や散らばっている骨の欠片を包む。
次の瞬間、炎の輪が弾けた。
「ふうっ、疲れた~」
オリヴィエが大きく息をつく。
「これは──」
リーガルは驚いた様子だった。
バラバラだった体が再生され、完全に元通りである。
「『九尾の狐』の眷属に伝わる最大治癒奥義の一つ──『治癒の火の輪』。物理的な損傷はすべて修復完了です」
オリヴィエが微笑む。
「一瞬で全快させるとは……」
「すごいな」
俺とステラは感嘆しきりだ。
「いくつかの発動条件があるので、普段はもう少し効果の低い術を使うんですが……リーガルさんは魔界の防衛に欠かせない方ですし、がんばっちゃいました~」
「ああ、よくやったぞ。オリヴィエ」
俺はオリヴィエをねぎらった。
「……礼を言う」
深々と頭を下げるリーガル。
次は、行方不明になっているゼガートを探すとするか。
そのゼガートとはあっさり再会できた。
いったん魔王城に戻ったところで対面したのだ。
「ただ今戻りましたぞ、王よ」
悪びれもせず、傲然と言い放つ獅子の獣人魔族。
「……今までどこにいた?」
「面目ないことですが、あのリアヴェルトとかいう勇者との戦いで、城の地下深くに落とされてしまいましてな」
頭をかきながらゼガートが言った。
「普段ならすぐに抜け出せるのですが、儂も傷を負っていて脱出に手間取った次第です」
腕や胸元に包帯を巻いているのは、そのときの負傷か。
あるいは──戦線を離れていたのは別の思惑があってのことで、包帯はただのカモフラージュなのか。
どちらとも判断がつかなかった。
確証がない以上、この場はゼガートの言葉を信じるしかない。
「分かった。まずは傷を癒してくれ。お前は魔界防衛のための大切な戦力だ」
「過分なお言葉痛み入ります、王よ」
俺のねぎらいに、獣帝はニヤリと笑う。
と、
「自分も、ただ今戻ったのであります」
がしゃ、がしゃ、と金属同士を打ち合わせるような音とともに、小柄なシルエットが現れた。
身長一メートルにも満たない、銀色の騎士のような人形。
ん?
もしかして、こいつは──。
「自分はツクヨミであります。リアヴェルトとの戦いでメインボディを破壊されたため、予備ボディにて戻ってきたのであります」
「予備ボディ?」
「改造生命体である自分は、核さえ無事なら活動できるのであります。リアヴェルトにメインボディを破壊された際、核だけを脱出させていたのであります。そして予備ボディに核を移し替えて、馳せ参じた次第であります」
「……なるほど。お前も無事だったこと、嬉しく思うぞ」
「もったいないお言葉であります」
軽く頭を下げるツクヨミ。
「まったく……ひどい目に遭ったのであります。他の魔軍長連中がふがいないばかりに、自分までとばっちりを……ぶつぶつ」
……聞こえてるんだが。
まあ、この愚痴っぽいところは、間違いなくツクヨミという感じがする。
とりあえず、二人の魔軍長が無事だったことにホッとした。
「あとはジュダか……」
まあ、あいつのことだから簡単にはやられないだろう。
「私ならここにいるよ」
いきなり声が響き、驚いて周囲を見回す。
どこにもジュダの姿はない。
「あははは、ここさ」
悪戯っぽい声がしたのは前後左右でも、上でもなく──足元だ。
「お前──」
「魔軍長ジュダ、帰還したよ」
俺の足元に伸びる影から、すらりとした銀髪の美少年が現れた。
影の中を移動する魔法──だろうか?
まったく気配を感じさせずに、俺の間合いに侵入するとは。
まだまだジュダにはいろいろと隠し玉的な術がありそうだ。
──ともあれ、こうして七大魔軍長は全員の無事が確認されたのだった。
数時間後、俺は執務室で戦後処理の仕事をしていた。
普段にも増して、書類だらけである。
いつも通りステラにも手伝ってもらっている。
と、
「あの、よろしいでしょうか……フリード様」
ステラが書類チェックの手を止め、俺を見た。
「ん、なんだ?」
彼女の顔が妙に赤らんでいる。
揺れる瞳に、俺の顔が映っていた。
二人っきりなので、魔王の仮面は外している。
人間のときとまったく同じ、中年男の素顔だ。
「その……リアヴェルトとの戦いのことで、フリード様に謝罪を」
「謝罪?」
「……ん、した……ので……」
「えっ?」
「せ、せせせせせせせせ接吻を、その、いきなり、してしまったので、その、あのっ……」
ステラが震える声で言った。
ああ、そのことだったのか。
確かに、いきなりキスされて驚いたが。
「あ、あのときは夢中で……っ。そ、そのご無礼をいたしました。どのような罰でもお与えください」
「い、いや、いいんだ」
さすがに俺も照れる。
あれは、どういう意図だったんだろう。
愛しい、という言葉を軽々しく使うような女じゃないことは、さすがに分かる。
単に戦いで気持ちが高ぶったから、とかそんな理由ではないのだろう。
俺は、ステラの想いにどう応えるべきだろうか。
そもそも──。
俺は、ステラのことをどう思っているんだろうか。