12 出現する『力』
ステラはこみ上げる緊張を押し殺し、虹色の輝きに包まれた勇者を見つめていた。
相対しているだけで全身を押しつぶされそうなほどの、異常な威圧感だ。
「神の裁き? ふん、自らが神になったつもりか?」
その威圧感の中で、なお平然としているゼガートはさすがの胆力だった。
「その通りダ」
リアヴェルトが静かにうなずく。
「今、私は──神の力を得たのダ。魔軍長だろうと魔王だろうと、もはや敵ではなイ。我が力の前に滅せヨ──」
振りかぶったハンマーが虹色のきらめきをまとった。
「極式・聖天陸覇超重撃!」
「なんだと……!? このパワーは──!」
輝く一撃を受けたゼガートは、さすがに動揺した声を発した。
獣ならではのバネを活かし、大きく跳び下がる。
それを追って、リアヴェルトがさらにもう一撃。
「ぐうう……うっ……!」
魔界最強レベルの猛者であるゼガートが、完全に力負けしていた。
それほどまでの、膂力。
すさまじいまでの圧力──。
「邪悪な者ども、すべて破壊すル」
リアヴェルトがなおも踏みこんだ。
彼はハンマーを力任せに振り回しているだけだ。
ただ、それだけの単純な攻撃がおそるべき破壊力を生み、すべてを吹き飛ばす。
「ぐあっ……!」
ツクヨミが苦鳴を上げた。
鎧のように見える白銀の肉体が、虹色の衝撃波に触れた途端に表面からどんどん崩れていく。
四肢が砕け、胴に大穴が空き、やがて粉々に砕け散った。
「ぬうっ……賢者の核石、離脱……」
そんな声を残し、ツクヨミは無数の残骸となってその場にまき散らされる。
「ツクヨミ!」
ステラが叫んだ。
並の魔族よりもはるかに強靭な肉体強度を誇るはずの、改造生命体が──攻撃の余波を受けただけで破壊されるとは。
あまりにも得体の知れない力だった。
あるいは、本当に神の力なのか──。
「ちいっ、退くぞゼガート!」
「ぬう。逃げるのは屈辱だが、今はやむなし……か」
ゼガートは悔しげにうなりつつも、ステラについてその場を離れた。
※
俺はルドミラ、フィオーレと対峙していた。
油断ならない相手ではあるが、俺の勝利は揺らがない──。
そのとき、突然すさまじい輝きがあふれだした。
「この気配は──」
振り返ると、天空を貫くような長大な光の柱が立ちのぼっている。
あれは、魔王城の方角か。
しかも、尋常ではない神気だった。
ルドミラやフィオーレと比べてさえ圧倒的な──。
まるで、神そのものが降臨したような強烈な気配。
「──戻るぞ、ベル」
「ん、この二人はいいの?」
背後に控える冥帝竜がルドミラとフィオーレを見て、たずねる。
彼女たちは弓と細剣を構え、油断なくこちらを見ていた。
戦況は俺が有利。
だが、彼女たちには黒い奇蹟兵装や法衣など、未知の力がある。
簡単には倒せないだろう。
むしろ、うかつな攻撃を仕掛ければ、手痛い反撃を食らう恐れもある。
たとえ相手の力が自分より下でも、『未知の力』には警戒する必要がある。
戦いが長期戦になる恐れは十分にあった。
「……あっちが先決だ」
魔王城に残していったステラたちや、王都の住民が気になる。
ルドミラたちを放置しておくのも危険ではあるが──。
「まず王都に戻る」
俺はそう決断を下した。
※
魔王城の正門前──。
ぼごぉっ、と土塊が噴き上がり、何かが地中から現れる。
虹色のオーラをまとった騎士。
謎の力を得た、勇者リアヴェルトだ。
「なんという、すさまじい神気だ……!」
ステラは、あらためて全身鎧の騎士を見据える。
ツクヨミは破壊され、傷を負ったゼガートは地上へ戻る途中にはぐれてしまった。
まさか逃げたわけではないにせよ、回復するまでどこかで休息を取るつもりかもしれない。
連絡もせずに勝手な行動をとった彼に憤りを覚えるものの、今は怒っている場合ではない。
残されたステラは地上まで戻り、他の魔軍長──フェリアやオリヴィエとともに外へ出た。
そして──それを追うようにして、リアヴェルトがこうして現れたわけだった。
「人間では、ない……のか」
第三の瞳で探ってみると、気配がおかしい。
少し前までのリアヴェルトとは、まるで別人だった。
変質してしまっているのだ。
人の体から、天使や神のような聖なる肉体へと──。
さながら、神の代行者。
ステラはリアヴェルトを前に戦慄した。
「さあ、吹き飛ぶがいイ」
全身鎧の勇者が、ハンマー型の奇蹟兵装『ウリエル』を振り回す。
虹色の衝撃波が巻き起こった。
「ぐあっ……!」
「ひ、ひいっ!」
数百の魔族兵が苦鳴や悲鳴とともに、一瞬で消し飛ばされた。
「ここにジュダがいれば──」
ステラは唇を噛んだ。
だが、彼は今、他の勇者を迎撃に出ている。
あらためて、フリードが強力な魔族を集めて最強軍団を作ろうとしていた意図を思い知る。
いくら魔界に数名の強者がいても、こうして分散して攻めてこられては、凌ぎきれない。
勇者軍や天軍は、まだどれくらいの戦力を──切り札を隠し持っているかも分からないのだ。
魔界には、絶対的に手駒が足りない。
「──いや、戦力が足りないことを嘆いても始まらないな。私たちは今できることを遣らなければ」
リーガルが敗れ、ツクヨミが倒され、ゼガートが去り、ジュダは他の戦線に出張っている。
そして魔王フリードもまた、別の敵と戦闘中だ。
この場で、全軍を立て直せるのは自分だけだった。
「オリヴィエ、一つ頼めるか」
「はいっ、お姉さま!」
狐娘が側に寄ってきた。
「負傷した兵たちの手当てを頼む。お前の配下も総動員だ」
「承知しましたっ」
「あ、ちょっと待て」
「はい? んっ……?」
オリヴィエをギュッと抱きしめる。
「はふぅ……」
彼女の体から力が抜け、蕩けるような吐息がステラの耳元をくすぐった。
すっかり陶酔したのか、オリヴィエは狐耳や尻尾まで真っ赤になっている。
「どうだ? 少しは力が湧いたか?」
「お姉さまから私を抱きしめてくださるなんて……オリヴィエ、感激ですっ!」
彼女の全身からすさまじい魔力が立ちのぼった。
「百合萌えパワーで、私の魔力はこの通りです。お姉さまっ」
(……今は、一人でも多くの魔族の力が必要だからな)
ステラは内心で苦笑した。
オリヴィエの性癖を利用したようで気が引けないわけではないが──。
まあ、彼女は非常に喜んでいるようなので、よしとしよう。








