11 魔王城地下
魔王城の謁見の間。
フリードやジュダが出撃し、ここにはステラ、オリヴィエ、ツクヨミ、ゼガート、フェリアの五名が待機していた。
「──来る」
ステラの額に第三の瞳が開く。
「どうかなさいましたか、お姉さま」
「何者かが魔王城に近づいている。この反応は──地下だ」
たずねるオリヴィエに答えるステラ。
「城の地下には魔王城防衛機構の中枢があるのであります。そこを狙っているか、あるいは──」
ツクヨミが淡々とつぶやく。
「ともあれ、地下を守るべきでありましょう」
「では、私とツクヨミ、ゼガートで向かう。いいか?」
魔王フリードがこの場にいない以上、彼女が指揮を執るしかない。
「分かった」
「了解であります」
うなずく獣帝と錬金機将。
「残りは敵襲に備えて、ここで待機だ」
ステラが命じた。
「地下を狙っている奴が陽動の可能性もあるからな」
「お姉さま、お気をつけて」
オリヴィエがしがみついてきた。
狐耳と尻尾を不安げに揺らし、ぎゅうっと抱きついてくる。
「ゼガートやツクヨミもいる。問題ないさ」
ステラは微笑んだ。
ステラはゼガート、ツクヨミとともに魔王城地下へ進んだ。
「──ここには何があるんだ、ツクヨミ?」
たずねるステラ。
「我ら魔軍長にすら知らされていない秘密──お前はそれを知っているんだろう?」
「第一級の極秘事項につき黙秘、であります」
ツクヨミの返答は淡々としていた。
「代々の錬金機将にのみ伝えられていた情報であります」
秘密主義にも困ったものだ、と辟易する。
ツクヨミは魔王にすら、城の地下に関する情報を伝えようとしないのだ。
「それはツクヨミの職分だ。儂らが気にすることではあるまい、ステラ」
ゼガートが鷹揚に笑う。
「だが、今は非常時だぞ。少しは情報がなくては、私たちも対応の仕方を……」
ステラが抗弁しかけた、そのとき。
ぼごぉっ!
内壁が突然、吹き飛んだ。
「さすがに地下は厳重に守られていル。ここまでしか潜れなかっタ」
土煙とともに現れたのは、全身鎧をまとった騎士だ。
その手には漆黒に彩られた巨大なハンマーがあった。
「私は四天聖剣の一人、リアヴェルト。魔族を討つために来タ」
軋むような声で告げるリアヴェルト。
「最強の勇者の一人──それに、報告にあった黒い奇蹟兵装か」
ステラは表情を引き締めた。
通常の奇蹟兵装よりもはるかに強大な力を持つという黒き聖具。
「お前たちは下がっておれ。直接戦闘なら儂の領分だ」
ゼガートが一歩前に出る。
「気を付けろよ、ゼガート」
ステラがその背に声をかけた。
ゼガートは魔界最強クラスの戦士だが、決して油断はならない。
「誰に言っている」
金色の獅子はどう猛に笑った。
全身から発散する闘気が、周囲に熱波を振りまく。
「ただし、万一のときはサポートを頼む」
「了解だ」
「では──参るぞ」
言って、ゼガートが床を蹴った。
巻き起こった突風は、彼らの放つ打撃が巻き起こしたもの。
続いて響いた轟音は、彼らの雄叫びと互いの攻撃の衝突音だ。
巨大なハンマー型の奇蹟兵装がすさまじいスピードで打ちつけられ、ゼガートがそれを強引に力だけで弾き返す。
さらに二撃、三撃。
ぶつかり合うたびに大気が軋む。
足元が地震のごとく震える。
小手先のテクニックも駆け引きもない。
互いにパワーを前面に押し出した真っ向勝負。
がつんっ、と鋼鉄同士がぶつかり合うような音とともに、両者はいったん離れた。
「前に戦った小僧とは違うな。歯ごたえがある敵は嬉しいぞ」
うなる獣帝。
「では、儂も全力を出させてもらうとしよう──」
ばごぉっ、と音を立てて、ゼガートの甲冑が弾け飛んだ。
金色の体毛に覆われた胸元に赤い紋様が浮かび上がる。
魔紋。
ゼガートが全開戦闘をする際に浮かび上がる紋章である。
「獅子の爪牙に引き裂かれるがいい!」
「獣ごときが正義の勇者に敵うと思うナ!」
大気を砕き、突風をまき散らしながら繰り出される爪、牙、尾。
それを迎え撃つリアヴェルトのハンマーも、決して力負けしていない。
互いの攻撃が衝突するたびに、重々しい打突音が響き、衝撃波が四方に弾けた。
戦いは、互角。
「くっ、魔紋を使った儂と渡り合うか──」
「これほどとハ──」
うめく獣帝と四天聖剣。
と、そのときだった。
「っ……!?」
ふいにリアヴェルトが大きく跳び下がった。
「『あの力』の反応──やはり、ここにあったカ」
リアヴェルトがつぶやく。
「神託の通りダ」
「何?」
ゼガートが訝しむように動きを止める。
「まさか、お前も『あの力』を狙って──」
ハッとした顔でリアヴェルトを見据えた。
「私は勇者の中で唯一、神から直接命を受けていタ。『あの力』を回収するには、私の能力がもっとも適任だ、ト。魔族には渡さヌ」
(彼らはなんの話をしている──)
ステラは不審な思いで二人の会話を聞いていた。
状況から考えると、『あの力』というのは、おそらく魔王城の地下に隠されているものだろう。
試しに第三の瞳で探ってみたが、それらしい何かは発見できない。
そもそも、魔王城地下に関しては今までにもあらゆる瞳術で探ってきた。
だが、怪しいものは特になかったのだ。
(ゼガートだけでなく、勇者までが狙っている『力』とは……一体)
胸騒ぎがした。
と、
「奇蹟兵装『ウリエル』──『地』の力を全開にせヨ!」
リアヴェルトが叫んだ。
手にしたハンマーが激しくうなる。
床が、大きく波打った。
次の瞬間、リアヴェルトの体が床をすり抜けるようにして、地下に消えていく。
「な、何……!?」
一瞬の出来事に、ステラたち三人は立ち尽くした。
そして。
煌っ……!
床全体から金色の光があふれ出した。
「な、なんだ、この莫大な神気は──!?」
ステラは戦慄した。
「……ふん、誰が『あの力』を手にしようと、一時的なもの。最後には我が手に渡る」
ゼガートが小さくつぶやく。
「神の仰ったとおりだっタ。太古の戦いで奪われ、封じられた『力』は今、我が手に渡っタ──」
直後、床下からにじみ出るようにして、ふたたびリアヴェルトが現れた。
だが、その気配がまったく違う。
リアヴェルトがまとう神気は、異常なレベルで増大していた。
「お前……は……!」
かすれた声でうめくステラ。
もはや、目の前の敵は勇者ではない。
もはや、目の前の敵は人間ですらない。
もはや──天使クラスすら超えて。
「手に入れたのダ。私は。『神の力』を」
黒い衣装の背から虹色の翼を生やし、リアヴェルトが飛び上がる。
「さあ、邪悪な魔族ども──今より神の裁きを下してやロウ」