7 不死王VS四天聖剣
太陽が差さない暗黒の世界。
濁った風が、結い上げた金髪に絡みつく。
よどんだ空気が、肌にまとわりついてくる。
──嫌な場所。
フィオーレ・クゥエルが初めて魔界に降り立ったときの感想は、そんなシンプルなものだった。
人ではなく、魔が住まう場所。
それが感覚的にしっくり来る。
邪悪の、巣食う場所だ。
貴族の令嬢として生まれた彼女は、最強の勇者『四天聖剣』の一人として家門の誉れとなった、
この嫌な場所を、そこに巣食う悪をすべて薙ぎ払い、今まで以上にクゥエル家の名を轟かせてみせる──。
そう、決意をあらたにする。
「行くわよ。最短で魔王城に行き、最速で魔王を討つ」
告げたのは、ルドミラだ。
「ああ。今の俺たち四人の力が合わされば、魔王も敵じゃないさ」
その隣には魔法使い風のローブをまとった青年、シオンが。
「使命を果たすのみですネ」
うなずいたのは全身鎧の騎士、リアヴェルト。
「エリオたちが先行しているはずですわ」
フィオーレが言った。
エリオは、彼女の弟だ。
第四位階『主天使級』の奇蹟兵装を操る勇者であり、魔界侵攻作戦の第一陣メンバーに選ばれた若きホープでもある。
(無事でいて、エリオ……)
本当は、彼が勇者になること自体、反対だった。
彼にはフィオーレほどの素質はない。
ただ姉である自分に憧れ、才のなさを承知で勇者養成機関に入った。
そして、ある程度の力を手に入れた。
弟は、並の勇者よりもはるかに強い。
だが、最強と称される四天聖剣のフィオーレから見れば、その力は危なっかしいものだった。
早く合流しなくては……。
逸る気持ちにかられ、フィオーレは他の三人とともに魔界を進み出した。
フィオーレたちは街道を進み、巨大な城壁に囲まれた都市に差しかかった。
他の町に比べても、かなり大規模な都市だ。
「ここから先は通さん」
古めかしい甲冑をまとった髑髏の剣士が立ちはだかる。
さらに、ぼこっ、ぼこっ、と地面から無数の動死体が現れ、大気から死霊の群れがにじみ出した。
アンデッド軍団総登場だった。
「俺は魔王軍第二軍を統括する魔軍長リーガル。魔界に仇なす者は、すべて我が剣の露となれ」
無数の骨を組み合わせたような不気味な剣を構えるリーガル。
「今のあたしたちは、誰にも止められない」
弓型の奇蹟兵装『ラファエル』を手に、ルドミラが不敵に言い放った。
「蹴散らすわよ、みんな」
自信に満ちあふれた言葉だった。
それも当然だ。
自分たちは、神託の間の修業で計り知れないほど強くなったのだから。
「ええ」
うなずき、細剣型の奇蹟兵装『ミカエル』を構えるフィオーレ。
「新たな力での初陣だ。派手に行こうか」
シオンが槍型の奇蹟兵装『ガブリエル』を携える。
「最短距離で魔王の元まで突き進むのみダ」
巨大なハンマー型の奇蹟兵装『ウリエル』を掲げるリアヴェルト。
同時に、全員の体を漆黒の衣装──黒の法衣が包んだ。
「──参る」
短く告げたリーガルの言葉とともに、戦いが始まった。
無数の死霊が瘴気の衝撃波を放ち、ゾンビたちが四方から包囲網を狭めてくる。
「弐式・最大装弾精密連射!」
ルドミラの放つ数千の光の矢が、ゾンビたちをまとめて射抜いた。
聖なる力によって、すべてのゾンビが動きを止め、消滅する。
「弐式・桜花の炎!」
フィオーレの細剣から炎が渦を巻いて飛び出し、死霊たちを焼き払った。
「……俺たちの出番がないな」
「……まったくダ」
背後でシオンとリアヴェルトが少しさびしげだった。
と、
「部下たちを──おのれ!」
リーガルが地を蹴り、突進する。
重厚な鎧をまとっているとは思えないほどの超速だ。
フィオーレは細剣を振るい、その突進を迎え撃つ。
ばしっ、と音がして、リーガルの両腕が切り落とされた。
「──えっ!?」
いや、違う。
彼女が切り落とす前に、敵の腕がひとりでに千切れたのだ。
左右の腕はそのまま宙を滑り、
「『ハーデスブレード』!」
背後から、瘴気をまとった骨剣が繰り出される。
斬撃を避け切れず、背中を直撃した。
「何……!?」
リーガルが驚きの声を上げる。
「以前のわたくしなら今の一撃で殺されていたかもしれませんわね。ですが──」
気品をたたえた微笑とともに、フィオーレは細剣を構え直した。
身に付けた黒い衣装が、『ハーデスブレード』の威力を相殺していた。
「黒の法衣をまとった今、その程度の瘴気など通用しませんっ」
今度は彼女が突進する。
両腕がない今、髑髏の剣士は無防備だ。
「終わらせる──」
「ちいっ」
リーガルは間一髪で両腕を体に戻し、骨剣でその一撃を受け止めた。
さすがに魔軍長だけあって、手ごわい。
だが──、
「神気烈破導!」
フィオーレが叫んだ。
同時に、全身からたちのぼる神気が数倍に膨れ上がる。
「パワーがまだ上がる……だと……!?」
リーガルの驚愕の声を飲みこんで。
「言ったはずです、終わらせると──」
エリオと合流するまで、歩みは止めない。
炎をまとったフィオーレの斬撃が、髑髏の剣士を両断した。
※
俺はステラとフェリアに挟まれた格好になっていた。
「さあ、魔王様。あたしたちのことをどう思っているの? 単なる部下? それとも女として見てもらえるのかしら」
と、フェリア。
いや、急に何言ってるんだ。
「あたしよりもステラの方がお好み? ときどき、いい雰囲気になるし」
「い、いい雰囲気……」
ステラがなぜか頬を緩めた。
「そうか、私と魔王様が……」
「ふふ、ステラは可愛いもの。自信持っていいわよ」
「本当か、フェリア」
「可愛い可愛い」
「お前、本当はすごくいい奴なのか」
「……『本当は』って普段どう思ってたのよ」
「い、いや、すまない。他意はないんだ」
ジト目のフェリアに、ぺこりと頭を下げるステラ。
いやいやいや、話がますます妙な方向に逸れているぞ。
と、
「失礼いたします、魔王様」
新たにやって来たのは、ゼガートだった。
「報告に来たのですが……取り込み中ですかな?」
俺とステラ、フェリアを順番に見て、にやりと笑う獣帝。
「いや、なんでもない。報告、とは?」
「たった今、伝令から情報が入りました」
ゼガートが告げる。
「ジレッガで戦っていたリーガルと第二軍が、勇者たちに敗れた模様──」
8章前半はここまでです。
10日ほどお休みをいただき、8月14日(火)から8章後半を更新再開予定です。
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