8 祝宴
るおおおおおおぉぉぉぉぉぉんっ!
村の広場に咆哮が響き渡る。
俺の前方に、黒いメタリックな装甲に覆われた竜がいた。
装甲の隙間から、ぷしゅーっ、と音を立てて、断続的な排熱が行われている。
機械仕掛けの竜──自律型の奇蹟兵装が魔王城の外れの村を襲っている、と知らせを受け、俺はここまでやって来たのだった。
「追尾型魔法から逃れた個体がいたとはな」
前にホーミングレイを百発くらい撃って、自律型の奇蹟兵装を一掃した。
だけど討ちもらした個体がいたらしい。
前に見た奴と姿が違うのは、自己進化でもしたのか。
あるいは、この前の奴とは別の自律型なのかもしれない。
「フリード様、村人の避難を完了しました」
ステラが俺の側までやって来た。
「ご苦労だった。下がっていてくれ」
告げて、俺は竜に向かって歩みを進めた。
「後はこいつを片付けるだけだ」
「ギイィィ……魔族、消エロ……コノ世界カラ……」
竜は鉄が軋むような声で告げる。
この前の奇蹟兵装に会話をする機能はなかったし、やっぱり自己進化した個体かな。
「消えるのはお前だ」
雷撃魔法を放つ。
まばゆい黄金の光球は黒い竜の巨体を飲みこみ──。
一瞬で消滅させた。
大爆発とともに、半径数十メートルはあろうかというクレーターができあがる。
「威力を抑えたつもりだけど、けっこう派手にえぐれたな……」
あんまり村の建物を壊したくなかったんだが。
「おお、魔王様が村を救ってくださった!」
「魔王様、ありがとうございます!」
歓喜の声とともに、村人たちが避難場所から走ってきた。
「す、すごい、これが魔王様の上級魔法……!」
「なんて威力の雷撃だ」
クレーターを見て、村人たちがどよめいている。
……ちなみに今のは『メガサンダー』じゃない、ただの『サンダー』だ。
上級でもなんでもない基本呪文なんだけど、俺の魔力で放てば奇蹟兵装すら瞬殺する威力と化す。
「お見事です、魔王様」
村人たちが戻ってきたので、ステラの呼びかけは『フリード様』から『魔王様』になっていた。
「討伐完了だ。戻るぞ、ステラ」
俺は村人たちに背を向けた。
「残った書類を片付けるか」
「恐れながら、一つよろしいでしょうか」
ステラが俺の側に並び、言った。
「なんだ?」
「魔王様は先日から働きづめです。少し休息を取られてはいかがでしょう」
「休息か……」
確かに、魔王に生まれ変わって以来、連日出回っている気がする。
人間だったころより体力がけた違いに上がっているせいか、疲労感は特にないんだが。
「パーティを開催するのはどうでしょうか?」
提案するステラ。
「パーティ?」
「魔王様の慰労と、勇者たちとの戦いに勝利した祝いを兼ねて、ということで」
「なるほど、いいかもしれないな」
「では、細かな手配は私の方ですべてやっておきます」
「頼む」
──ステラは、あっという間に会場の設営や料理、余興の手配、招待者の選別などを手際よく済ませてしまった。
俺じゃ、とてもこうはいかないだろう。
「本当に有能だな」
「恐れ入ります」
俺の言葉に、ステラは恭しく頭を下げた。
で、三日後、魔王城で祝宴を行った。
パーティといっても、人間の世界ほど格式ばったものじゃない。
町の酒場で気の合う仲間たちと飲んでいるような、気楽なノリだった。
大臣や貴族、親衛隊に守備兵に近隣の住人まで様々な魔族が集まり、あちこちで酒を酌み交わしている。
「魔王様、さ、一杯ぐーっと」
城内警備隊長のリリムがやって来て、俺に酒を注いでくれた。
「おお、ありがとう」
魔界の酒を飲むのは初めてだな。
髑髏型の杯がちょっと不気味だけど。
なみなみと注がれた紫色の酒もかなり不気味だけど。
俺は仮面の口元だけを外した。
祝宴に合わせて、ステラが仮面を改造してくれたのだ。
本当に気が利く側近ぶりである。
「どれ……」
俺は盃をあおった。
「いける!」
飲み口は甘く、それでいてコクがある。
体に心地よく染み渡り、甘美な高揚感が訪れる。
魔界の酒もいいじゃないか。
人間界でも一級の名酒として通用するぞ。
「ふひひ、魔王様のために用意された最高級品ですよ」
「じゃあ、俺もお返しに」
今度は俺がリリムに注いだ。
「あ、どーもです……ういー」
もう酔ってるな、こいつ。
「魔王様ぁ~、この間のご活躍、本当に素敵でしたよ~。あたし、感動しちゃいまひたぁ……」
「しかも呂律が怪しいし」
「無礼講とはいえ、相手は魔王様だ。節度を持て、リリム」
ステラがやって来て注意した。
「あ、すみません、ステラ様ぁ~」
「まったく……ほら、足元に気を付けろ」
ため息をつきつつ、ふらついたリリムを支えてやるステラ。
「気分が悪いなら、水でも持ってこようか?」
「あはは、気分はサイコーですよぉ。ステラ様も、さ、ぐーっと」
リリムがステラに酒を注いだ。
「ん。では、ありがたくいただくか……ふう」
盃をあおり、軽く息をつくステラが艶っぽい。
「ささ、もう一杯」
「ん……ふぁ」
小さく喘いだステラは、さらに艶っぽかった。
目じりがわずかに下がり、頬はほんのりと色づいて──。
「ふふ、魔王様ぁ」
普段の彼女らしからぬ、どこか甘えた口調で擦り寄ってきた。
「ステラ……?」
「酒の席で、こんな恐ろしい仮面をつけることはありませんよ……うふふふ」
と、俺の仮面を手で撫でる。
「これはお前がつけさせたんだろ」
「素顔を見せてくださいませ」
「いや、それはまずい……って、ずれるずれる。仮面がずれる……っ」
「うふふふふふ」
ステラは悪戯っぽく俺の仮面の端をつかんで引っ張ってくる。
普段のクールな態度とはまるで違う。
年ごろの女の子みたいな無邪気さだ。
「……お前、もしかして酔ってる?」
「酔ってないですよ?」
うふふふふふ、と笑いながら、ステラが俺にしなだれかかる。
「あたし酔わせたら大したもんだ」
「口調まで変になってるぞ!?」
「一番、リリムいきまーすっ。まずは軟体芸~!」
「隊長、それスライムならできて当たり前でしょ」
「いつもよりよけいに曲がっております~!」
あっちではリリムがスライム状態になって、くねくねと体を変形させていた。
宴会芸らしい。
にぎやかで楽しいな。
と、
「──突然就任していい気なものだ、魔王め」
ふいに刺々しい口調のつぶやきが聞こえた。
「なんだ……?」
周囲を見回す。
会場の一角に、獣人系の魔族が数人集まっていた。
俺の方をチラチラと見るその表情は、やけに険しい。
「『アビリティギア』」
俺はこっそり呪文を唱えた。
こいつは五感や運動能力全般を増幅する効果がある。
その効果を限定し、聴力だけを数倍に引き上げた。
すると聞こえてきたのは──、
「おい、よせ。誰に聞かれているとも分からん」
「ふん、酒の席でのこと。それに獣帝ゼガート様の懐刀たる俺たちに、新米の魔王が強く出られると思うか」
「苛烈だった先王ユリーシャと違い、今度の魔王は穏健なようだからな」
「だが、戦闘能力は高いそうだぞ」
「ふん、大事なのは戦力ではなく胆力よ。ふぬけ魔王など──」
……めちゃくちゃ悪口を言われまくっていた。
うーん、まあ酒の席は無礼講だしな。
俺だって血気盛んな十代の若者じゃない。
いい気はしないが、スルーしておこう。
……やっぱり、ちょっとムカつくけど。
「だいたい、実力からすれば、次期魔王はどう考えても我らが盟主──ゼガート様ではないか」
「なぜ、あんな出自も不明な魔族に」
「だが、奴の手には魔王の紋章がある」
「ふん、ふさわしくない者の手にある紋章など、いずれ……」
「計画通り……ゼガート様が新たな……王……」
「後は……例の会合で……」
彼らの声はさらに小さくなり、やがて強化された聴力でさえ聞き取れなくなった。
いや、会話自体を終えたようだ。
「……気になるな」
別に、俺への悪口くらいならいい。
ただ、あいつらの最後の言葉は──。
陰謀の、匂いがした。