6 魔神眼と夢魔姫
新手の勇者軍を、俺はゼガートとともに片づけた。
いずれも精鋭の勇者たちだったが、俺が攻撃魔法を二、三発見舞うとほとんど掃討することができた。
──勇者たちを一方的に薙ぎ払うことに、何も感じないわけじゃない。
俺だってかつては勇者だったんだから。
だけど余計な感情は押し殺して、目の前の戦いに集中した。
今はただ、俺の仲間たちを──魔族たちを守ることだけを考えるんだ。
ほどなくして敵を全滅させ、俺はゼガートとともに王都へと戻ってきた。
そのときには、すでに戦いの決着はついていた。
バルドス市の勇者軍を撃退したジュダが、王都に戻ってきてこちらの勇者軍も倒したそうだ。
彼が戻るまでは、ステラやフェリアたちが時間を稼ぎ、耐えたのだという。
「全員、よくやってくれた」
俺は魔軍長たちの活躍をねぎらった。
ジレッガ市で戦っているリーガルは戻っていない。
勇者軍と交戦中ということだ。
ただし戦況は優勢で、そろそろ決着がつくとのことだった。
さらに新手が押し寄せる気配はないし、今のうちに全軍を休息させておこう。
「魔軍長は各軍に休息を通達。お前たちも休んでくれ」
ステラたち六人に命じる。
「また戦況の変化があれば教えてくれ」
言って、俺は私室に戻った。
三十分ほどして、
「魔王様、ちょっといいかしら?」
「入れ」
私室のドアがノックされ、薄桃色の髪をツインテールにした美女が入ってきた。
「どうした、フェリア?」
「お疲れの様子だから」
艶然と微笑むフェリア。
「それほどでもない。戦いはほとんどゼガートたちが片づけたからな。王都での戦いも、俺が戻ったときには終わっていたし」
「直接戦闘以外にも精神的な疲れはあるでしょう? これだけ大規模な攻勢の指揮を執るのは、初めてのはずよ」
「それは……まあ、そうだな」
魔王になってから、何度か激しい戦いは経験してきた。
だが、そのほとんどは一対一か、それに近いもの。
あるいは多数とはいえ、一瞬で終わるような単発の戦いばかりだった。
魔界全土に次々と押し寄せる軍を、こちらも軍を率いて戦う──というのは、初めての経験である。
魔王になってからだけでなく、人間時代を通じても。
何せ人間の勇者だったころは、ただの一戦士でしかなかったから『指揮』の経験すらない。
ある意味では、自分で直接戦うよりずっと精神的な消耗が大きい。
しかも直接戦闘においても、大勢の勇者をこの手にかけたばかりだ。
「俺が冥帝竜で戦場まで行って、勇者たちを一掃していけばすぐ終わる──というわけにもいかないしな」
同時に、次々と離れた場所に出てくる勇者軍。
いくら冥帝竜とはいえ、そこに駆けつけるまでには多少のタイムラグがある。
その間にも、戦況は刻々と変化する。
俺が離れている間に、別の場所に増援が来たりもする。
思ったよりも、立ち回りが難しい。
「だからこそ、休むべきときは休まないと。あたしが癒してさしあげたいわ」
言いながら、フェリアがすり寄ってきた。
「お、おい、フェリア──」
またチャームでもかけるつもりじゃないだろうな。
内心で苦笑したところで、フェリアが俺の胸に飛びこんできた。
「あたしは……三か月前の戦いで、勇者軍に恐怖した。今でもその恐れは残っているの」
「フェリア……?」
「さっきの戦いでも、最初は怖かった。でも、魔王様のことを思い出したり、ステラたちの戦いを見ていて──あたしも戦う気持ちが湧いてきた。仲間の存在が、あたしに勇気をくれた」
フェリアが独白する。
「支えられてばかりだけど、魔軍長の一人として、あたしはもっともっとがんばらないと、って思ったの」
「支えられてばかり、ってことはないだろう。お前の力は勇者軍の足止めに貢献した、と報告を受けている」
俺は仮面越しに微笑んだ。
「みんながお前に勇気をくれたなら、お前もまた他の者たちに勇気を与えたんだ。胸を張ればいいさ、フェリア魔軍長」
「……ふふ、ありがとう」
フェリアははにかんだ笑みを浮かべ、
「ん」
背伸びするようにして、俺にキスをした。
仮面越しに、俺の頬の位置に。
「フェリア……!?」
「お礼代わり、よ」
「……何をなさっているのですか、魔王様。それにフェリアも」
「うお、ステラ!?」
戸口にステラが立っていた。
しかも、ものすごく不機嫌な顔で。
「もう、ノックもしないなんて」
「っ……!? し、失礼しました。女の声が聞こえたので、つい──」
「ふふ、ヤキモチなんてあいかわらず乙女ねぇ」
「ち、違う、これはヤキモチではなく忠誠心──というか、話を逸らすな、フェリア! お前、魔王様に何をしている!」
ステラが叫ぶ。
「仮面越しとはいえ、ま、魔王様に、くくくくく口づけなどをっ!」
「あれ、羨ましかった? ステラもする?」
悪戯っぽく笑うフェリア。
「あたしたち二人で、それぞれ魔王様の素顔に──今度は、唇に。ふふふ」
「ふ、ふざけないで! 私のファーストキスを、そんな軽々しく──」
「魔王様相手に初めてを捧げるのは嫌ってことね?」
「そんなことは言ってない! その、魔王様が相手なら……」
急にモジモジしながら、ステラが俺をちらりと見た。
「魔王様はどう? あたしたちのこと、女としてどう思ってるの?」
「フェリア、無礼にもほどがあるぞっ!?」
ステラが叫んだ。
パニック寸前といった様子だ。
「あらあら、そんなこと言いながら、ステラも気になるでしょ? 魔王様の気持ち」
「うっ、気になる……すごく」
真っ赤な顔でうなずくステラ。
いやいやいや。
なんだか、話がどんどんズレていっている気がするぞ。