5 黒い勇者軍
魔界第二の都市ジレッガにはリーガルと第二軍が。
同じく第三の都市バルドスにはジュダと第五軍が。
それぞれ魔王フリードの命を受けて、勇者の迎撃に向かった。
「あの二人なら安心ね」
フェリアは一息ついた。
直接的な戦闘力はそれほどでもない自分と違い、リーガルもジュダも魔界最強クラスの力を持っている。
人間の勇者がいかに強かろうと、彼らならきっと討ってくれるに違いない。
「油断するなよ、フェリア魔軍長」
ステラが堅い口調で忠告した。
「第二波、第三波が来たなら、第四波が来ないともかぎらない。私たちも敵襲に備えなければならない」
「でも、前回は百人程度の侵攻だったじゃない。たった三ヶ月でそこまでの大軍を魔界に送りこめるかしら?」
「魔界を守る結界は、神ですら突破できないほど強固であります。多少のほころび程度は作れても、強い聖性を持つ者が入れるほどの巨大な裂け目を作るのは至難というのが自分の意見であります」
ツクヨミが淡々と説明した。
まるで機械のようだ、と思う。
何を考えているか分からないこの改造生命体が、フェリアは苦手だった。
「強い人はなるべく来ないでほしいです。そんなことより妄想して、平和に暮らして、妄想していたいです」
と、これはオリヴィエ。
狐耳としっぽが、ぴょこん、とかわいらしく跳ねる。
「妄想か……いいわね」
フェリアはチロリと舌で己の唇をなめした。
「じゃあ、あたしは魔王様と濃厚な夜の生活を……ふふふ」
「待て、フェリア。何をいかがわしい妄想をしている」
「あら思想や感情は自由でしょ」
「不敬だと言っている。だいたい今は非常時だ。そんな妄想に浸っている場合か」
「だからこそ、心の潤いと余裕が必要なのよ。あたしが得意とする精神系魔術の基本ね」
「むむ……」
そのとき、城の外で轟音が響いた。
バルコニーの方に向かうと、王都の一画から黒煙が上がっている。
「勇者軍──」
いずれも黒い衣装をまとい、黒い剣や槍などを構えた三十人ほどの勇者たちだ。
王都の守備兵は、次々とその攻撃の前に倒れていく。
いずれも精鋭ぞろいの守備兵だが、さすがに相手の勇者たちも手練のようだった。
彼らが振るう黒い奇蹟兵装が、一方的に魔族を打ち倒す。
「っ……!」
フェリアの胸の鼓動が一気に早まった。
「う……ぐ……」
込み上げる恐怖で全身が重くなる。
目の前が暗くなる。
四肢が震え、止まらなくなる。
「? どうした、フェリア──」
「い、いや……勇者は、怖い……」
訝しむステラに、彼女は首を激しく振った。
先の戦いの記憶が、脳裏によみがえる。
噴き出し、ドス黒い恐怖とともに彼女を染めていく。
彼らは容赦なくフェリアの部下たちを殺した。
彼らは容赦なく非戦闘員の魔族たちを殺した。
そして彼らの刃は、フェリアにも殺到した。
──殺される。
──怖い。
──死にたくない。
──助けて。
──誰か。
間一髪逃れたものの、初めて味わった死の一歩手前という状況は、彼女にすさまじいトラウマを植えつけた。
それが理由で周囲に結界を張って閉じこもり、やがて彼女の『夢を作る』能力は暴走し、魔界全土に広がっていった。
少なくない被害をもたらしたものの、夢の世界に踏みこんできた魔王フリードによって彼女は覚醒し、救われたわけだが……。
彼の存在がフェリアに希望と勇気を灯した。
彼が見せた勇猛な戦いぶりに、ふたたび立ち上がる気力をもらった。
だが、やはり勇者は強い。
「怖い──」
「フェリア……」
「だめ、やっぱり怖い……怖いの……」
フェリアは首を左右に振った。
ここにはリーガルもジュダもいない。
残った魔軍長は戦闘に特化したタイプとは言い難い。
守備兵も次々に蹴散らされている。
遠からず、勇者軍はこの城まで到着するだろう。
「──大丈夫だ。落ち着け」
ステラがフェリアの肩を抱いた。
「私の魔力もほとんど全快に近い。奴らの弱点を見切ってみせる。オリヴィエもいる。ツクヨミもいる。そして多くの魔族がいる。お前にもサポートを頼む」
「ステラ……」
「たとえ我々が勇者軍より戦力的に劣っていたとしても、耐えしのぐ手立てを見つけよう。最後まで諦めるな」
凛と告げるステラは頼もしかった。
気持ちがフッと軽くなる。
彼女がそばにいるだけで、勇気が湧いてくる。
フリードと同じだ。
「そうか……そうだね」
彼女の──いや、仲間たちの存在こそが、自分にとって希望なのだ。
「だから、あたしも」
フェリアは拳を握りしめた。
手足の震えはいつの間にか止まっていた。
「ただ守られているだけ、っていうのは──もう終わりにするわ」
薄桃色の輝きが、彼女の前面にあふれる。
「精神魔術発動──」
無数の光が収束し、空中に複雑な軌跡を描き、魔法陣を作り出した。
「夢幻の世界・幻惑の型」
対象の精神に作用し、強烈な幻惑効果を引き出す魔法だ。
黒い勇者たちの周囲に薄紫のモヤがまとわりつく。
ほどなくして、彼らの動きが止まった。
「奴らが動かなくなった……!?」
「フェリア様、すごいです」
「精神干渉系の高レベル魔法でありますか。しかし、これほどの数の勇者を一度に──」
ステラ、オリヴィエ、ツクヨミがこちらを見ている。
「ふうっ……」
フェリアは大きく息を吐き出した。
さすがに三十人もの勇者を幻惑するのは、大量の魔力を消費する。
「当分は足止めできるわね」
二時間ほどが経ったが、勇者たちはその場をウロウロとさ迷ったり、虚空を見つめてぶつぶつと何かをつぶやいたり──心ここにあらずといった様子だった。
フェリアの幻惑はあいかわらず効果を発揮しているようだ。
「だが、無限に止めていられるわけではないのであります」
と、ツクヨミ。
「止めているだけでは勝てない。次の手立てを今のうちに打っておかなければならないのであります」
「では、王都内の軍を総動員して攻撃しよう。反撃を受けるリスクもあるが、今なら倒せる──」
ステラが言ったそのときだった。
強烈な輝きが天空を照らし出す。
空が割れ、新たな一隊が王都に降り立った。
「さらに増援が来るだと……!」
ステラがうめいた。
フェリアも険しい表情になる。
ざっと見たところ、増援は三十人ほど。
相手が雑魚ならともかく、いずれも一線級の勇者のはず。
これ以上の人数を幻惑するのは、さすがに無理だった。
「まずいわ。もう止められない──」
増援の勇者たちは王都の大通りを一直線に進んでくる。
もう一度、さっきの幻惑魔法を使おうとするが、とても魔力が足りない。
「いや、十分だよ。よく時間を稼いでくれた」
ふいに、声が響いた。
「これ以上は通さないよ、勇者たち──灼天の火焔」
天空から紅蓮の炎が降り注ぐ。
「ぐあっ……」
勇者軍が苦鳴とともに吹き飛ばされた。
「さすがに魔軍長だね。相手の心理の死角を突き、幻惑の無限ループに叩きこむ──精神魔法のお手本のような構成だ」
白銀の髪に褐色の肌をした美少年が上空に現れ、戦場に降り立った。
「君が第一陣を止めてくれたおかげで間に合ったよ」
こちらを振りかえって微笑むジュダ。
「後は私が引き受けよう」
無造作な足取りで歩みを進める。
「我ら三十人をたった一人でだと!」
「舐めるなよ、魔族!」
手に手に黒い奇蹟兵装を構え、勇者たちが吠えた。
「気を悪くしたかな? でも、これは正当な戦力評価だと思うよ」
ジュダは銀髪をかき上げ、右手を前に差し出した。
「太古の勇者たちが使った黒い奇蹟兵装──混沌形態。それがなぜ今の世によみがえったのか。神の力が戻ってきているのか、あるいは──」
「何をごちゃごちゃ言っている!」
勇者たちが怒号とともに突進してきた。
黒い剣や槍、弓矢などから、通常の奇蹟兵装をはるかに上回る攻撃が次々に飛んでくる。
「『ルーンシールド』」
ジュダはそれらを魔力障壁一つであっさりと吹き散らした。
「馬鹿な、俺たちの奇蹟兵装は通常よりはるかにパワーアップしているはずなのに──」
「私はね、その黒い奇蹟兵装を相手に戦ってきたんだよ。太古の昔、我が友始まりの魔王とともに。幾百幾千の戦場を」
ジュダの手のひらに淡い輝きが灯る。
その光は赤、青、黄、緑……と次々に色彩を変えながら、次第に光度を増していく。
「太古の勇者たちを数限りなく屠ったこの魔法──君たちにもプレゼントしよう。さよなら、黒い勇者たち」
微笑とともにジュダの呪文が完成した。
「『滅聖終末虹』」
天空から虹色に輝く無数の流星が降り注ぐ。
それらが黒い奇蹟兵装を砕き、黒い法衣を貫き、
「が……は……ぁっ……」
立ちはだかる三十人の勇者と、幻惑に捕らわれたままの三十人の勇者──そのすべてを、瞬時に絶命させた。
「冒険者パーティから追放された俺、万物創生スキルをもらい、楽園でスローライフを送る。」
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