4 出撃、四天聖剣
『神託の間』での修業は、いよいよ仕上げの段階に入っていた。
実戦形式の模擬戦で、神の使徒である少女──ルージュが二人の勇者を相手にしている。
「弐式・最大装弾精密連射!」
「弐式・桜花の炎!」
降り注ぐ数千の光の矢を展開した障壁で弾き、迫りくる炎の斬撃を飛び上がって避ける。
天使といえども、直撃すれば無事ではすまない威力の連撃だ。
しかも二人はルージュの攻撃や防御の隙を狙い、死角から次々と撃ちこんでくる。
修業前とは比べ物にならない攻撃力はもちろん、そのコンビネーションも数段磨かれていた。
間断なく浴びせられるその連撃を、とうとう凌ぎきれず、
「きゃあっ……!?」
ルージュは爆光とともに吹き飛ばされた。
「はあ、はあ、はあ……とうとう、勝ったわ……!」
「わたくしたちが力を合わせれば、天使クラスにも対抗できますわね──」
黒い弓を構えたルドミラが息を荒げて叫ぶ。
同じく黒い細剣を手にしたフィオーレが、満足げに微笑んだ。
彼女たちが身にまとう衣装も、その武器と同じく漆黒だ。
まるで魔のように禍々しいオーラをまとった、黒い勇者たち。
その力は、今までの彼女たちを大幅に上回っていた。
「ふふ、これにて修業の全工程を終了です。二人ともよくがんばりましたね。ルージュ、うれしいですっ」
ルージュが微笑む。
教え子たちの成長が、純粋に嬉しかった。
師匠として誇らしく、友として喜ばしかった。
だが──だからこそ、胸に切なさが去来する。
彼女たちのこれからの運命を思うと。
(……どうか生き延びてください、二人とも。我が友よ)
天使ルージュは心の中で祈った。
主である神にではなく、自分自身の願いとして。
ただ純粋に──祈りをささげた。
※
ルドミラたちが外に出ると、ちょうど隣の部屋からも二人の勇者が出てくるところだった。
魔法使いを思わせるローブ姿の、爽やかな美青年。
フルプレートアーマーの騎士。
『水』の四天聖剣シオンと『地』の四天聖剣リアヴェルトである。
「修業は終わったのか」
たずねたのはシオンだった。
『剣聖』ザイラスの直系の子孫であり、超絶の剣技は世界最強と称される青年だ。
魔法の腕前も大国の宮廷魔法使いクラスで、剣も魔法も操るバトルスタイル──いわゆる魔法剣士だった。
「ええ。君たちも?」
たずねると二人は力強くうなずいた。
「新たな力を手に入れたよ」
「もはや魔族など恐れるに足りないネ」
「気をつけて」
声が響き、二人が出てきた扉越しに少年の姿が浮かび上がる。
ルージュとよく似た顔立ちの、美しい少年だ。
「俺たちはあの方に鍛えられた」
と、シオン。
どうやらルージュがルドミラたちに稽古をつけてくれたように、シオンたちへのコーチ役は彼のようだ。
「行ってきます、ノワール様」
シオンが一礼し、リアヴェルトは無言で小さくうなずく。
「勇者たちよ、君たちの武運を祈ってるよ」
彼──ノワールが微笑んだ。
「わたしたち天使はいつでもあなたたちを見守っています」
隣の扉には、ルージュの姿が浮かび上がる。
「がんばってね、みんなっ」
二人の天使は神の許可を得ないかぎり、こちら側には出てこられない。
本来なら扉越しの面会も規律違反なのかもしれない。
それでもこうして挨拶してくれるのは、きっと別れを惜しんでくれているのだろう。
「──行ってきます」
ルドミラは感謝の思いで深々と頭を下げた。
大聖堂を後にすると、数か月ぶりの日光がまぶしかった。
修業が終わったのだという開放感と、これから大きな戦いが始まるのだという高揚感が同時に訪れる。
いよいよ、決戦だ。
「今度は負けない」
かつて魔王と戦い、敗れた記憶がよみがえる。
あのときは手も足も出なかった。
圧倒的な力の差があった。
絶望的な力の差に打ちのめされた。
「でも、今は違う。もう違う」
ルドミラは力強く拳を握りしめた。
ツインテールにした青い髪が、黄色いリボンが、風にはためく。
「あたしは魔王を討つ。そして、この世界に平和を──」
※次回更新は7月29日(日)です。