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2 猛る獅子

 魔王の側近を務める、七体の最強魔族──七大魔軍長。


 その一体が、眼前にたたずんでいた。


 黄金の体毛と甲冑。

 燃え盛る炎を思わせるタテガミ。

 猛々しい獅子の獣人だ。


(こいつが魔軍長か……!)


 エリオは漆黒の槍──奇蹟兵装『グラーシーザ』を握り直した。


 ずるっ、と滑りそうになる。

 いつのまにか手の中が汗だらけだった。


(落ち着け……俺は以前とは比べ物にならないほど強くなった。この混沌形態(カオスフォーム)を身に付けたことで)


 彼は、いつも天才の姉と比べられてきた。


 最強の勇者──四天聖剣(セイクリッドエッジ)の一人として華々しく活躍するフィオーレと、上から四番目のランクで足踏みしている自分。

 クゥエル家の次期当主はエリオではなく、フィオーレこそふさわしいのではないか、という周囲の声はいやおうなしに耳に入ってくる。


 悔しかった。

 歯がゆかった。


 姉のことを敬愛しているが、同時に嫉妬と憎しみが入り混じった複雑な思いも抱いていた。


 そんな自分が嫌だった。


 だが、そんなわだかまりが──ある日突然、エリオを目覚めさせた。


 修業の最中、奇蹟兵装が黒く変色し、すさまじい力を湧きあがらせたのだ。


 半ば本能的に悟った。

 奇蹟兵装のエネルギー源となるのは精神力である。

 言いかえれば、人間の想いの力。

 だが、それは愛や正義といった『正』の心より、むしろ『負』の心の方がより強大な力を与えてくれる──。


 聖なる武具の力をより強めるのは、清廉な勇者ではなく邪悪な勇者。

 大いなる矛盾だった。


 理屈はともあれ、エリオは格段に強くなった。


 もっと強く──。

 すべてを破壊する力を──。


 力を求めるほどに、自分の心が黒く染まりだすのを感じる。




 ──それが、快感だった。




「俺は、解き放たれたんだ」

 エリオはニヤリと笑う。


 自分の本性に気づいて。

 自分は、自由だと悟って。


 その想いのままに、彼は槍を振る。




「相手が魔軍長だろうと、俺は負けない」


 エリオは意識を現実に戻した。


「総合LV312、攻撃力3300……他の魔族とはけた違いだ……!」


 計測器を持った勇者が真っ青な顔でつぶやく。


 通常、魔族の総合LVは50前後とされている。

 一方、上位の勇者は100前後、最強とされる四天聖剣クラスでさえ200前後だ。

 エリオ自身の総合LVは76である。


「レベル差は圧倒的だな……」


 かすれた声でうめくエリオ。

 さすがに気持ちを引き締めていた。


「引き裂かれたい者は望み通りにしてやるぞ。この──『破壊の爪撃(ブラスティクロー)』で!」


 ゼガートが右腕を振りかぶった。

 振り下ろした爪が、大地を割る。


「それとも『斬風牙』がいいか?」


 首を軽く振ると、牙から飛び出した衝撃波が勇者たちを数人まとめて両断した。

 鮮血が、雨のように降り注ぐ。


「あるいは『破壊の尾』か? 『覇者の爪撃』か? 『烈風牙』か?」


 繰り出される尾や爪、牙といった肉弾攻撃で大地が割れ、砕ける。

 勇者たちが次々に真っ二つにされ、あるいは全身が爆裂して吹き飛ぶ。


「ひ、ひいっ!?」

「つ、強すぎる──」


 たちまちパニック状態に陥る勇者たち。


「みんな、もっと下がって!」


 エリオはグラーシーザを手に、前へ出た。

 地を蹴り、獣帝へと突進する。

 と、


「おっと、ゼガート様には近づけさせんぞ」


 立ちはだかったのは、鳥の獣人だった。


「このシグムンドがお前たちを蹴散らす」

「やってみろ!」


 エリオは槍を振るった。

 シグムンドという名の魔族が、巨大な翼で羽ばたく。


 ごうっ!


 吹き荒れる突風は攻撃であり、同時にシグムンドが飛び立つための推進力だ。

 空中に舞ったシグムンドに、


「はあああああああああああああっ!」


 エリオは裂帛の気合一閃。

 ほとばしった赤い稲妻が、シグムンドを絡め取った。


「がっ……!?」


 苦鳴を上げて墜落する鳥の獣人。


「下がっておれ、シグムンド」


 ゼガートが進み出た。


「いかにお前でも、その黒い奇蹟兵装を相手にするには骨が折れそうだ」

「……ですが」

「こんなところでお前を失うわけにはいかん。我らの大望のために」

「……承知いたしました」


 悔しげに引き下がるシグムンド。


「では、相手をしてやろう」


 ゼガートが前に出た。


「光栄に思え、若き勇者よ」


 そして、獣帝との戦いが始まった。




「があああああっ!」


 雄たけびを上げて突進してくる獣帝。


 エリオは槍を振りかざし、それを迎撃する。

 爪が、牙が、虚空にいくつもの銀の閃きを残し、襲いくる。


 すさまじいまでの速さと重さを兼ね備えた連撃だ。

 一瞬でも気を抜けば、致命傷を負うだろう。


 だが──見える。


 確かに速いが、対応できないほどの速度ではない。

 黒い奇蹟兵装の力で極限まで上昇した身体能力や反応速度を駆使し、エリオはゼガートの連撃を槍でさばいた。


 十合、二十合、三十合。

 互いの攻撃がぶつかり合い、その衝撃で烈風が吹き荒れる。


「ほう!? なかなかの槍さばきだ!」


 ゼガートが口の端を吊り上げて笑った。


 戦える──。

 押し切ることはできないが、かろうじて相手の攻撃をしのぐことはできる。


 ならば、後は他の勇者との連携で勝てる。


「奴に隙が見えたら撃ってください! それまでは俺がもちこたえます!」


 振り返る余裕はないため、エリオは背中越しに呼びかけた。


 ゼガートの攻撃で大半が倒れたとはいえ、まだ勇者軍は残っている。

 遠距離型の奇蹟兵装を持つ者たちに、ゼガートの隙を狙ってもらえれば──勝てる。


 エリオは『グラーシーザ』を風車のように振り回し、果敢に斬りこんだ。


「ふむ、さらに速くなるか──むっ!?」


 突然サイドステップしてゼガートから離れるエリオ。


 直後、弓や投げ槍、投石器型の奇蹟兵装を構えた勇者たちが、いっせいに攻撃を放った。

 赤、青、緑、紫──無数の閃光がゼガートに叩きこまれる。


 爆光とともに、黄金の甲冑が砕け散った。

 同色の体毛が鮮血に染まる。


「っ……!」


 わずかに顔をしかめて後ずさるゼガート。

 少なからずダメージを与えたようだ。


 ──否。


「久しぶりだぞ。鎧を砕かれたのは」


 ゼガートは笑っていた。


 全身を血に染めながら、楽しげに笑っていた。


「久しぶりだ。我が力を抑えこんでいた、この『拘束具』を外すのは」

「拘束具……?」


 眉を寄せるエリオ。


「久しぶりだ。我が血に宿る魔紋を発動させるのは」


 黄金の体毛が揺れ、胸元に血が集まって紋様に変わる。


「では──始めようか!」


 ぐん、とゼガートの体が沈みこむ。


 一陣の風が、吹き抜けた。

 続いて血煙がまき散らされる。


「えっ……!?」


 エリオは呆然と立ち尽くした。

 振り返ると、自分以外のすべての勇者がズタズタに切り裂かれて倒れていた。


「な、何が……起きた……!?」


 一瞬──だった。


 おそらくは、今の風はゼガートが駆け抜けていったときに発生したもの。

 攻撃どころか、動きそのものが見えなかった。


 黒い奇蹟兵装で飛躍的に強くなったエリオの目ですら。


「あり得ない……速すぎる……!」

「ふん、もう少し戦いを楽しもうと思ったが……まあいい」


 爪についた鮮血をペロリと舐めながら、ゼガートが笑みを深める。


「かつての魔王──『真紅の獅子』ロスガートの血脈に連なる、このゼガートを人間ごときが倒せると思ったか?」


 ゼガートが一歩踏み出す。


「ひ、ひいいい……」


 エリオはその場にへたりこんだ。

 すでに戦意は失せていた。


 手にした『グラーシーザ』は漆黒から純白に戻り、がらん、と地面に落ちる。


「助け……て……」


 エリオは青ざめた顔で懇願した。


 じわり、と温かいものが股間に広がる。

 恐怖のあまり失禁してしまったことに気づいた。


「ははははははは! いいぞ! その顔だ! 儂が人間の表情でもっとも好きなのはそれだ! 恐怖と絶望……くくくく、力があふれてくるようだ!」


 ゼガートが哄笑する。


「さあ、もっとおびえろ! 神に祈れ! その祈りごと──儂が叩き壊し、すり潰し、滅してくれよう!」


(こ、殺される……)


 エリオは絶望とともに心の中でうめいた。


(助けて……姉さん……!)

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