8 策動、そして決戦へ
獣帝ゼガートは深い森の中で二人の魔族と向き合っていた。
密会である。
自宅である巨大な屋敷や魔界各地にある別宅は、いずれも魔王の手の者が見張っている危険が高かった。
魔王はゼガートを怪しんでいる節があり、行動は秘密裏に行う必要がある。
「魔界に戻って一ヶ月か。計画の準備はどうなっている、シグムンド?」
ゼガートが腹心にたずねた。
「おおむね、順調に推移しているかと」
「ツクヨミの方はどうだ?」
「自分の作業も問題はないのであります。進捗率は78%。予定の期日には確実に間に合うのであります」
と、銀色の魔導人形が告げる。
「まったく。改造実験体だからって、こき使いすぎじゃないですかね。自分はゼガート殿の道具ではないのであります……このデカブツめ」
「……心の声が丸聞こえたぞ、ツクヨミ」
「心の声? はて? 自分は何も言ってないのであります」
白々しく首を振るツクヨミ。
「あいかわらずだな」
ゼガートは苦笑した。
まあ、性格面は問題ではない。
必要なのは能力だ。
性格、能力ともに傑出したシグムンドのような部下は、そうそう得られない。
「魔王フリード……先日も少し手合わせしたが、聞きしに勝るすさまじい能力値だった。対抗する準備を整えてきたとはいえ、不確定要素も多い。やはり、そう簡単にはいかんな」
ゼガートがシグムンドとツクヨミを順番に見つめ、
「だからこそ、お前たちの働きは重要だ。期待しているぞ」
「この命を懸け、必ずやゼガート様のお力になってみせます」
恭しく頭を下げるシグムンド。
まさに忠臣だ。
「自分も全力を尽くすのであります。魔王城の地下機構の調査を進めておくのであります。それとゼガート殿の『あの装備』も」
と、こちらはツクヨミ。
「魔軍長の仕事で忙殺されているうえに、こっちの作業も進めなければいけないので大変であります……ゼガート殿はただ命令しているだけだから、楽でいいですね。ぶつぶつ」
やはり、不満げな心の声は丸聞こえだった。
「二人とも、引き続き頼む」
ゼガートが告げた。
「厄介なのは魔王だけではない。儂とツクヨミ以外の五人の魔軍長も、な」
ステラ、フェリアは直接戦闘に特化したタイプではないが、侮れない特殊スキルを持っている。
リーガルは歴戦の猛者だし、ジュダは魔王クラスと同等以上の魔法の使い手。
オリヴィエの回復能力も敵に回せば厄介である。
その辺りを、どう対処していくか。
「こんな場所で歓談か? ゼガート魔軍長、ツクヨミ魔軍長」
突然、背後から声がした。
「……リーガルか。お前こそなぜこんな場所に?」
ゼガートがうなる。
「散歩だ」
こともなげに告げる髑髏の剣士。
アンデッドだけあって、まったく気配を感じなかった。
いつからいたのだろうか。
もしかしたら、自分たちの計画を聞かれたのかもしれない。
反射的に全身をたわめる。
視線で左右のシグムンドとツクヨミに合図を送った。
もし、何かに感づいたのであれば──最悪の場合は、ここで始末することもやむなしだ。
とはいえ、リーガルには利用のしどころがある。
できれば、今はまだぶつかりたくない。
(それに──儂が魔王になった暁には、こやつには軍の中枢で活躍してもらいたいからな)
魔界最強レベルの武人をこんなところで消してしまうのは、さすがに惜しい。
「断片的にしか分からなかったが、何やら不穏な単語が聞こえた気がするぞ」
がちゃり、と甲冑を鳴らし、リーガルが歩み寄る。
戦闘態勢ではなく、あくまでも自然体だ。
ゼガートたちの話を聞いていたのか。
あるいは、それらしいことを言って、こちらの反応を探っているのか。
(……どうする? けむに巻いておくか。それとも核心に踏みこんで、こいつを仲間に引き入れるか)
「儂は憂えておるのだ。魔界の行く末を」
ゼガートは悲しげな吐息をついてみせた。
具体的な単語はなるべく出さず、抽象的な表現にとどめる。
「いつも考えておる。この世界を守るための、最善を。そのための手を打ちたい、と。そしてそれには、お前の力も必要だ」
「俺の……?」
リーガルの声に、不審げな響きが混じった。
警戒されているのか。
「以前、貴公は俺に相談したいことがあると言ったな。このことか?」
「まあ、遠からず……といったところだ」
ゼガートがニヤリと笑う。
「儂はお前のことを、魔軍長の中でも特に信頼のおける良き同志だと思っているからな」
こちらも少しずつ情報を明かし、相手の反応を探ることにした。
リーガルは現魔王と初めて対面した際、戦いを挑んだと聞いている。
表だって反抗する態度はないようだが、あるいはフリードに対してなんらかの不満を持っている可能性もある。
そこを突けば、あるいはこちらの味方になってくれるかもしれない──。
※
俺はいつものように執務室で書類仕事をしていた。
かたわらにはステラがいる。
「魔王様、財務と土木、それに軍関係の申請書類を確認しました。決済をお願いします」
「いつも助かる。悪いな、ステラ」
礼を言って書類を受け取る俺。
実際、彼女がいなければ、これだけの量の仕事はとても回せない。
感謝してもしきれなかった。
「魔王様のお役に立てるのは、私にとって喜びです。こういったことでよければ、いくらでもやりますので」
ステラが嬉しそうに微笑む。
「じゃあ、あたしも手伝おうかしら」
扉を開けて入ってきたのは、薄桃色の髪の美女──フェリアだ。
「ねえ、魔王様、してほしい仕事はある? あ、もしかして夜伽とか?」
「フェリア、仕事はどうした?」
ステラが険しい表情になる。
「自分の分は済ませたからいいでしょ? だいたい、いつもあなたばっかり魔王様にべったりじゃない」
「私は職務を果たしているだけだ」
「まあ、こういう書類仕事はあなたの独壇場だけど……」
「ああ、ステラお姉さまとフェリア様が会話をしている……」
今度は狐耳と尻尾を備えた美少女が入ってきた。
千客万来だ。
「美少女と美女の語らい……尊い……ふにゃあ」
「オリヴィエまで」
ため息をつくステラ。
「ここはサロンではないのだぞ」
「あ、私のことはお気になさらず。どうぞ百合トークをお続けください」
オリヴィエがとろんと蕩けた笑顔で言った。
「百合トークとやらは、よく分からんが……お前も自分の仕事は済ませてるんだろうな?」
「もちのろんですっ。貴重な百合現場を目に焼きつけるために、全速力で済ませてきましたからっ」
魔王の執務室がやたらとかしましくなっていた。
最近はいつもこんな感じだ。
嵐の前の静けさ、かもしれない。
俺は内心でため息をついた。
そう──嵐だ。
こうして穏やかな時間を過ごせるのも、あと少しかもしれない。
勇者たちの二度目の侵攻の時期は迫っている。
結界の傷は、日に日に大きくなっていた。
魔界の結界を破壊すべく、専用の奇蹟兵装で攻撃をかけているんだろう。
そう、二ヶ月前のあのときみたいに。
俺がライルや百近い勇者たちとともに魔界に侵攻した、あのときのように──。
あと少しだけ、平和に感謝しつつ。
俺は、そのときに備えよう。
必ず魔界を守ってみせる。
そして、ステラたちの笑顔を。
やがて──一月ほどの時が経ち、ついにそのときが訪れた。
「魔界外縁部に勇者の一軍が現れたとのことです!」
「──来たか」
ステラの報告に、俺は立ち上がった。
いよいよ、始まる。
勇者たちの二度目の侵攻が。
魔界の総力を挙げた──迎撃戦が。
次回から第8章『第二次勇者侵攻戦』になります。
二週間ほどお休みをいただき、7月17日(火)から更新再開予定です。
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