7 神の試練・最終段階
ヴ……ン!
うなるような音を立てて、少女の周囲に数百単位の光球が生み出される。
天使である『紅の使徒』がその力を全開で注ぎこんだ、エネルギー弾の群れ。
「さあ、手加減なしでいきますよ。気を抜いたら死にますから、がんばって撃ち落してくださいね~」
ルージュは投げキスをするようなポーズでそれらを放った。
数百の光球が前方にいる二人の女勇者に向かっていく。
ともに黒い衣装をまとい、黒い弓や細剣を手にした美女たち。
四天聖剣のルドミラとフィオーレだ。
「弐式・最大装弾精密連射!」
「弐式・桜花の炎!」
青い髪をツインテールにした女勇者ルドミラが輝く矢を射ち、黄金の髪を結い上げた女勇者フィオーレが火炎の斬撃を放つ。
その数はともに数千。
「神気烈破導!」
さらに、ルドミラとフィオーレの声が唱和した。
二種の攻撃を青白い輝きが覆う。
ずおおおおぉぉぉぉぉぉ……んっ!
直後、すさまじい爆光が弾けた。
ルージュの光球はそれらの迎撃を受け、あっさりと消し飛ばされる。
「第三の試練──因果律の誤動作を利用した強化。どうやら成功ですね」
つぶやくルージュ。
周囲から白煙が立ち上り、空間そのものにも無数の亀裂が入っていた。
すべてルドミラとフィオーレの攻撃によってできたものだ。
「混沌形態や黒の法衣に続き、第三の力も発動確率が上がってきましたね」
ルージュは満足げな微笑を浮かべた。
試練の第一段階では、黒い奇蹟兵装に目覚めさせて攻撃面の強化を。
試練の第二段階では、黒の法衣をまとって防御面の強化を。
そして最終段階では、今のような神気を操り、総合的な強化を。
三つの段階に分けた訓練によって、勇者たちの戦闘能力は飛躍的に高まっていた。
(素晴らしいですね、ルドミラさん、フィオーレさん)
うっとりした気持ちで二人の女勇者を見つめる。
彼女たちの全身から青白い神気が立ち上っていた。
人間が発しているとは信じられないほどの、膨大な量の神気である。
教え子たちの成長に喜びが込み上げた。
二人とも素直で、懸命で、ひたむきで──本当に教え甲斐がある。
ルージュの教えをどんどん吸収していき、とうとう人の身で天使と渡り合えるほどの力を得たのだ。
感動すら覚える。
人間の、成長速度に──。
「ルドミラさんもフィオーレさんも修業を二か月前とは比べ物にならないほど力を上げました。魔王や魔軍長たちが相手でも十分に戦えるはずです」
「ええ、今度は負けない」
ルドミラが力強く告げる。
「二人の修業はどうなったのでしょうか?」
「あなたたちと同様の成果を上げていますよ。四天聖剣は全員が数段強くなりました」
フィオーレの問いにルージュが微笑む。
「では、少し休憩しましょうか。ティータイムです」
「あ、わたくしが紅茶を淹れてきますね」
「フィオーレさんが淹れてくれると美味しいのよね。楽しみ」
「わたしもです。待ってますね~」
と、休憩用に作られたカフェのような場所に向かう三人。
修業の合間にちょっとしたティータイムや食事をするのが、今ではすっかり楽しくなっていた。
もともと人間と交流するつもりなどなかったのだが。
気が付けば、彼女たちは教え子というだけでなく、友のような存在になりつつあった。
(……いえ、天使と神が友だちだなんて。おかしなことを考えていますね、わたしは)
内心で嘆息する。
「午後からはお二人で模擬戦をしていてください。わたしは出かける用事がありますので」
「出かける?」
「ちょっと天界へ」
ルージュがにっこりと言った。
「神に定時報告をしてきます」
あるいは、最終報告を。
ルージュは神の御座──天界へとやって来た。
全長百メートル以上はありそうな玉座風の椅子に座している、巨大なシルエット。
神。
名を持たず、称号もなく、ただ『神』とだけ呼ばれる絶対者。
自分たち天使たちを統括し、あまねく世界を治める至高の存在。
神の足元にかしずくルージュの隣には、彼女とよく似た顔立ちの美しい少年がいる。
天使『黒の使徒』。
ルージュの、双子の兄だ。
「勇者たちの訓練は順調に進んでいるようだな。汝らの働きに感謝する」
「もったいないお言葉です、主よ」
ルージュとノワールは口をそろえ、恭しく頭を下げた。
「魔軍は強大だ。先日は、天軍最強兵器の天想覇王が敗れ去った」
一月ほど前、魔界に侵入した天想覇王は、最終的に魔王によって破壊されてしまった。
その報告を受けて、ルージュは戦慄した。
魔王の力は、想像以上だ。
天想覇王すら退ける相手に、いくら強くなったとはいえ、勇者たちの力が通用するのだろうか──と。
「かつての戦いより永き時が経ち──我が力もようやく回復してきた。勇者たちの奇蹟兵装もそれに応じて力を増している。その極限にまで至れば、天想覇王すら超える領域に至る者も出るやもしれぬ。引き続き、彼らの強化に励め」
神が静かに告げる。
全身からあふれ出す神気は──ただ座しているだけで、天界を覆い尽くすほどに巨大だ。
(もしも神が魔王と戦うために全力を出されたら)
ルージュは内心でつぶやく。
その力は世界の隅々にまであふれるほどのスケールになるだろう。
唯一にして無二。
空前にして絶後。
(たとえ、魔王であろうと、絶対者である神に敵うはずがない)
ルージュはそう確信していた。
ただ、今代の魔王は歴代最強の力を持っているらしい。
始まりの魔王ヴェルファーすら凌ぐほどの。
油断は禁物だ。
万が一、神をも凌ぐほどの力を持っていたとしたら──。
(考えすぎですね。神を超える存在などいるはずがない)
だが、もしも。
神が魔王に敗れることがあれば。
この世界は一体、どうなるのだろうか──。
「我が目的は、魔界に眠る『あの力』だ。必ず手に入れねばならん」
神が告げた。
「ただし、あれには繊細な取り扱いが必要だ。今は魔王城の深奥に眠っているはずだが、うかつな攻撃は控えよ」
「はっ」
ルージュとノワールの声が唱和する。
「まずは魔王城を神や人の軍勢で占拠する。しかる後に、我自らが魔界へ出向いて『あの力』を手にしてみせよう」
「勇者たちの扱いはいかがいたしましょう?」
と、ノワール。
「奴らは神の手駒。中には高位魔族と渡り合える強者もいる。扱いは慎重にせよ」
「心得ました」
「弱き者に関しては捨て駒にして構わぬ。愛と平和のために戦う勇者ならば、喜んで神に命を捧げるであろう」
神が浮かべた微笑は、穏やかでありながらゾッとするような冷酷さがにじみ出していた。
いや、穏やかとか冷酷とか、そんな次元で語るべきものではないのだろう。
神の深謀遠慮に、自分たちはただ従うのみ。
そして人も──。
すべては、神の掌の上で転がるだけなのだから。








