5 獣帝の謁見
「長らく謁見できなかった非礼をお詫びいたします。並びに新たな王の誕生を心よりお慶び申し上げます」
謁見の前に現れた獅子の獣人がうやうやしく頭を下げた。
体毛も、身にまとった甲冑も、きらびやかな黄金。
獣帝ゼガート。
人間界への侵攻で行方知れずになっていた彼が、ようやく戻ってきたのだ。
「頭を上げてくれ」
俺は玉座から声をかけた。
この場には俺とゼガート、ステラ、オリヴィエの四人だけだ。
「フリードだ。お前の帰還、喜ばしく思う。これからも力を貸してほしい。よろしく頼むぞ」
話によれば、ゼガートの白兵戦能力はリーガルと同等以上。
魔界で最強クラスだという。
勇者の侵攻に備え、頼もしい味方が加わったわけだ。
「ひええ、すごい迫力ですねー」
と、慄くオリヴィエ。
「あ、でも私、男は趣味じゃないので。やはり百合こそ至高……!」
「妄想は控えろ、オリヴィエ」
ステラがたしなめる。
「あ、すみません。お姉さま」
「公的な場でお姉さまはよせ」
「いや、楽にしてくれ」
二人を仲裁する俺。
「……ふむ。前王とは違うようですな」
ゼガートがうなった。
「前王ユリーシャは厳しかったのか?」
「歴代魔王は全員そうです。規律を重んじ、常に苛烈でした」
と、ゼガート。
「臣下が今のような態度を取れば、王に殺されても文句は言えますまい」
それは苛烈すぎじゃないか?
「ひえ……私も処刑されちゃうんでしょうか……!?」
オリヴィエが顔を青ざめさせる。
「いや、俺はそういった態度で処罰はしない。安心してくれ」
俺はすぐにフォローした。
それからゼガートに向き直り、
「前王とは違う感じになるが、いいか? 俺はその辺をあまり厳しくしたくない」
「今はフリード様が王です。あなた様の御心の思うままに」
恭しく告げるゼガート。
そう言ってもらえると助かる。
「──ところで、リーガルはあなたと初めて会った際、手合わせを願ったとか」
獅子の獣人はゆっくりと顔を上げた。
「ああ」
「儂ともお願いできませんか」
ぎらり、とゼガートが眼光鋭く俺をにらむ。
「何?」
「無礼であろう、ゼガート魔軍長」
ステラが割って入った。
「儂は王と話しておる。お前は黙っていろ!」
ゼガートが一喝した。
が、ステラは一歩も引かず、
「王に対する無礼を見過ごせるか」
「それは臣下としての忠節か? 女としての情愛か?」
「なっ!? なななななななななななっ!?」
ステラは真っ赤になって固まってしまった。
「見ていれば分かる。お前の王を見る目は、臣下のそれとはかけ離れておる。明らかに情念のこもった女のそれであろう?」
「えっ、いや、ち、違うっ、そんな、あたし、えっと……嘘、そんなに分かりやすいの……!?」
オロオロするステラ。
……ちょっと過剰反応すぎないか?
「ふん」
ゼガートはそんなステラを一瞥し、俺に向き直った。
「王を認めないということではありません。誤解なきよう」
言って獣帝はニヤリと笑う。
「魔王の紋様がフリード様を選んだ以上、あなたに王として仕えることには異存ありませぬ。ですから、これは純粋に武人としての興味とお考えいただきたい。王に対して不遜であることは百も承知。ですが──リーガルに対して許されたのであれば、儂ともぜひ」
その眼光は鋭い。
口ぶりはどうあれ、俺の力を確かめておきたい、というのが本音じゃないだろうか。
もっとも、リーガルと同じタイプなら、力を見せておくことで、後々の関係が円滑になるかもしれない。
「──分かった」
「では、参りますぞ」
「来い」
構える俺。
どの程度の力で迎え撃つべきか。
リーガルと同等以上の実力だというから、少しくらい強めに魔法を撃っても大丈夫だとは思うが──。
「ふん、儂を気遣っておいでか」
ゼガートがうなった。
「あなたからは闘志が伝わってこない。儂を思いやるような気配のみ──優しさは、王の美徳ですな」
褒められた気がしない。
いや、褒めてないな、これは。
ゼガートは俺と戦いたいわけじゃないんだろう。
戦いを通じて、俺を見極めようとしている──。
なら、俺は『王』としてどう応えればいいのか。
「があっ!」
吠えて、突進してくるゼガート。
「『パラライズ』」
俺は麻痺の呪文を選択した。
黄白色の稲妻が、ゼガートの巨躯を撃ち据え、
「ぬるい!」
あっさりと弾け散った。
こいつ──。
『パラライズ』自体は初級魔法だが、俺の魔力で放てば最上級に匹敵する威力になる。
それを簡単に跳ね除けるとは。
どうやら魔法に対する強い耐性を備えているようだった。
「手加減して儂を止められるとお思いか! それはこの獣帝に対する愚弄!」
ゼガートはすでに眼前まで迫っていた。
鋭利な爪が剣のように伸び、叩きつけられる。
「『ルーンブレード』!」
俺は魔力の剣を生み出し、ゼガートの爪撃を受け止めた。
重い……っ!
鍔迫り合いになり、俺はジリジリと押される。
「『ウィンド』!」
俺は風の最下級魔法を唱えた。
最下級といっても、並の術者が唱える最上級魔法よりも威力は上。
「く……うっ」
その風圧がゼガートを吹き飛ばす。
「『ルシファーズシールド』」
俺は魔力の防御壁を生み出した。
と、
「──天共鳴」
ゼガートが小さくつぶやく。
直後、視界がわずかに揺れた。
軽い脱力感が訪れる。
魔力の壁がぐにゃりと歪み、消え失せる。
なんだ、今のは……!?
確かゼガートに魔法を使う能力はないはずだ。
奴の強みは圧倒的な身体能力を活かした攻撃と耐久。
究極ともいえる白兵戦能力である。
それのみで、魔界最高峰の強さを手にしているのだ。
「おおおおおおっ!」
咆哮とともにゼガートが突っこんでくる。
「──『ルーンブレード』!」
俺はすかさず魔力剣を生み出した。
今度は一本じゃない。
俺の前面に数十本まとめて、だ。
「むっ、なんという数……!」
ゼガートの動きが一瞬、止まる。
「『ルーンブレード』」
その一瞬を見逃さず、俺は奴の周囲に魔力剣を追加で生み出した。
五十……百……二百……。
獅子の獣人の四方を合計で四百の魔力剣が取り囲む。
「お前の動きはこれで封じた」
「──封じた? ダメージ覚悟で突っこんでいけば、これくらいは突破できますぞ」
ゼガートが爪を振り上げる。
威嚇するように、魔力剣の一つを砕いた。
「無理だな」
俺は右手をかざす。
魔力を収束するイメージ。
それを一気に高める。
同時に、赤い雷をまとった黒紫色の魔力剣が出現した。
『ルーンブレード』とは違う。
空間をも切り裂く『収斂型・虚空の斬撃』。
天軍最強兵器である光の王すら切り裂いた魔力剣だ。
「近づけば、これを食らわせる」
ヴ……ヴヴヴ……!
羽虫がうなるような音を立てて、魔力剣の刃が振動した。
周囲の空間が削れ、細かな亀裂が入っていく。
「こ、この術式は──」
さすがにゼガートも驚いたようだ。
その眼前を大きく切り裂く。
巨大な黒い亀裂が謁見の間に出現した。
「……空間ごと切り裂かれては、儂とて一たまりもありませんな」
静かに右腕を下ろす獣帝。
「俺の目的は魔界を守ること。お前を傷つけることじゃない」
俺はゼガートに告げた。
「お前はそのための戦力だ。だから全力で守る」
「……ふむ」
「俺に従え、ゼガート」
俺と獅子の獣人の視線が、中空で絡み合った。
しばしの静寂。
そして、
「感服いたしました、王よ。歴代最強と謳われるだけのことはあります」
ゼガートは深々と頭を下げた。
だが、その瞳はあいかわらず俺を見定めるような光を浮かべたまま。
本当に、俺を認めてくれたのか。
それとも──。
「お気をつけください。ゼガートは何を企んでいるか分かりません」
ゼガートが去った後、ステラが進言した。
ちなみに、さっき作った空間の亀裂は俺の魔力で修復してある。
「ステラ……」
以前の宴のことを思い出した。
俺に対して、何かを企んでいたらしき魔族たちの存在。
彼らはゼガートの名を口にしていて、なんらかのつながりが疑われた。
だがリーガルの乱入で彼らは消滅し、真相は謎のままだ。
「諜報に長けた魔族を使い、奴の身辺を洗っておきます。不審な情報があれば、すぐに報告いたしますので」
「……分かった」
「絶対にフリード様を守ってみせます。たとえ、どんな手段を使っても」
ギュッとローブの袖をつかむステラ。
その手が、震えていた。
「ステラ……?」
「私が、必ず。あなた様を……!」
順風満帆ではないかもしれないが、ともあれ──新生七大魔軍長が魔界にそろった。
魔神眼ステラ。
不死王リーガル。
夢魔姫フェリア。
極魔導ジュダ。
邪神官オリヴィエ。
錬金機将ツクヨミ。
獣帝ゼガート。
魔界を守る剣となるべき、七人の高位魔族。
俺の、頼もしき側近たちだ。








