7 凱旋と日常
昼のランキングで日間ハイファンタジー2位、日間総合3位に入っていました。ありがとうございました!
これを励みにまたがんばります(*´∀`*)
魔王城まで戻った俺は、ステラとともに魔竜から降りた。
正門の前だ。
「魔王様、凱旋ですねっ」
ポニーテールにした赤い髪を揺らしながら、一人の少女が駆け寄ってきた。
城内警備兵の隊長を務めるリリムだ。
「お帰りなさい、魔王様!」
「よくぞご無事で!」
その後ろに続く兵たちもみんな笑顔だった。
「ありがとう」
俺もそんな彼らに手を振って応える。
仮面のせいで笑顔を向けられないのが、もどかしいくらいだ。
リリムや兵たちが嬉しそうな顔で俺を囲んだ。
「戦いはどうでしたか、魔王様」
「問題なく勝ってきたぞ。結界に空いた穴も全部塞いだ」
「さすが、魔王様です!」
「さすまお、さすまお!」
この前みたいな謎コールではしゃぐリリムたち。
「控えよ、魔王様の御前だ」
ステラがクールに告げた。
「魔王様をお慕いするのは分かるが、節度をわきまえよ」
「まあ、いいじゃないか。俺も堅苦しいのより、これくらいの雰囲気の方が好きだ」
「ですが、魔王様の威厳が」
生真面目だよな、ステラって。
「えーっと、魔王から直々に、それも親しげに声をかけてもらえる──兵たちの士気を上げるにはとても効果的じゃないかと思うんだが」
ちょっと苦しい理屈だろうか。
「なるほど。一理ありますね」
あっさり説得できた。
「魔王様の許可が出た。先ほどの言葉は撤回させてもらう。すまない」
ぺこり、とリリムたちに頭を下げるステラ。
うん、やっぱり生真面目だ。
そして、何よりも素直だ。
魔王の側近ってことは、ステラの地位は魔界トップクラスのはず。
それが、兵たちにストレートに謝罪するなんてな。
人間の世界で、俺が知っているお偉いさんでこういう人物はいなかった。
自分より身分が下の人間を見下すような奴ばかりだった。
「やったー! 前の魔王様はそういうの厳しかったんですよねー」
リリムが嬉しそうに両手を上げた。
「そうそう、勤務中に私語があったって理由で、罰として魔王城の周りを千周走らされたり」
「三か月間、俸給減額もあったよな」
「俺なんて手当を全カットされたぞ。あれは厳しかった……」
他の兵たちも話しながら、涙ぐんでいる者もいた。
先代魔王ユリーシャは下の者に厳しかったんだな……。
三十分後、俺はステラとともに魔王城の一室にいた。
前に、二人で今後のことを相談した場所だ。
「結界の修復も終わったし、次の行動に移りたいと思う」
「あと三カ月ほどは勇者たちの侵攻もなさそうだ、ということでしたね。その間に魔界の防衛体制をできるだけ整えましょう」
俺の言葉にうなずくステラ。
ちなみに、二人きりなので俺は仮面を外していた。
やっぱり、仮面があると息苦しいからな。
こっちの方が楽だ。
「ああ。まず、こっちの戦力を把握しておきたい。ええと、魔王の下に七大魔軍長がいて、そいつらがそれぞれ配下の軍団を統括している──ってことでいいんだよな」
ほとんどが勇者としての知識だから、誤解もあるかもしれない。
「基本的にその認識で問題ありません」
ステラがうなずく。
「ただし、以前にも申し上げたように魔軍長は三人が戦死しています。残る四人のうち、私をのぞいて二人は人間界におり、残る一人は勇者たちとの戦いの末、行方知れずです」
要は、俺の側にいる魔軍長はステラ一人ということだ。
そのステラも、まだ戦闘能力が戻っていない。
「そもそも、根本的な話だけど──」
ふと思いついたことがあった。
「三か月後に勇者たちが魔界に侵入してきたら、俺が一人で戦って、片っ端から追い払う……っていう策はどうだろう?」
「千単位、あるいは万単位の襲来が予想される、ということですよね? いくら魔王様──いえ、フリード様といえど」
お、さっきの話通り、二人のときは名前で呼んでくれてるな。
「……その、えっと」
「どうした、ステラ?」
「いえ、お名前で呼ぶのはまだ慣れていないので。少し気恥ずかしいというか」
ステラは頬を赤らめ、もじもじしていた。
外見がクールなだけに、そのギャップが可愛らしい。
「……し、失礼いたしました。話を続けますね」
「ああ」
「確かにフリード様は、歴代魔王と比べても抜きん出た能力をお持ちです。桁違いと言ってもいいでしょう」
と、ステラ。
「ですが……いくらフリード様といえど、それだけの数の勇者をたった一人で対処するのは限度があります」
「うーん……それもそうだな」
広い魔界全土を、俺一人でカバーするのはさすがに不可能だ。
俺が戦っている間に、別の場所から侵攻してきた勇者が魔族たちを大量虐殺──なんてことも十分あり得る。
「やっぱり強い奴を一人でも多くそろえて、盤石の防衛体制を敷くのが一番いいか」
俺一人が最強無敵って状態じゃなく、魔界全体で強固な防衛力を備える。
そうなれば、人間側も簡単には攻めこめないだろう。
そのまま戦いが起きなければ、一番いいんだけどな。
俺は別に人間界を征服したいわけじゃないし。
ただ、現状では魔界はこれからも侵攻を受けるだろう。
人間の、魔族に対する憎悪や忌避は根深い。
俺自身も、そうだ。
……いや、そうだったというべきか。
戦いを終わらせるなんてことは、容易なことじゃない。
むしろ夢物語といってもよかった。
「フリード様?」
「……なんでもない」
まず、できることを一つ一つ、だな。
とりあえずは、自分の目に着く範囲で、守りたいと思う者を守ろうと思う。
それが魔族であれ、あるいは人間であれ──。
その後も俺とステラは数時間、魔界の防衛体制について話し合った。
「──とりあえず、基本方針はそんなところか。他に俺がやるべきことはあるか?」
「魔王様の平常業務もありますが……どうしましょうか」
「平常業務?」
「今お持ちします」
ステラはいったん部屋から出て行き、すぐに戻ってきた。
机の上に大量の書類を乗せる。
「……なんだ、これ」
顔を引きつらせる俺。
高さ三メートル以上ある書類の山だ。
「勇者たちとの戦いで先王の仕事が遅延気味でしたので……」
申し訳なさそうな顔で説明するステラ。
「少し決済待ちの書類が溜まってきています」
「少し……か? これ……」
俺は一番の上の書類を手に取った。
「……さっぱり分からん」
確かに何が書いてあるかは、分かる。
だけど公的事業の申請やら、各省庁の予算決議やら、俺には何が何だか分からなかった。
そもそも、十代のころから勇者として魔族と戦い続けてきたんだ。
書類仕事そのものをやったことがない。
「突然、魔王になられたのですから、最初からすべてを理解するのは難しいかと思います」
ステラが助け船を出してくれた。
「慣れるまでの間はとりあえず印だけ押していただく、というのはどうでしょう。これらの書類は私が一通りチェック済みです」
おお、ステラ有能!
いつの間にそんな仕事をしていたんだ。
「要はハンコを押しまくればいいってことだな」
一安心だ。
「ありがとう、ステラ」
「はい?」
「正直、これを見ても何が何だか全然分からないからな。ステラがそばにいてくれてよかったよ」
苦笑する俺。
「これからもよろしく頼む」
「私のすべてを懸けて魔王様に尽くします」
ステラは深々と頭を下げた。
というわけで、魔王の平常業務開始だ。
とりあえず書類にひたすらハンコを押す作業である。
……内容にもいちおう目を配ったけど、やっぱりよく分からなかった。
「まあ、おいおい覚えていけばいいか」
それにしても、書類の量が多い。
「ステラはこれを全部見たのか……」
すごいの一言だ。
「悪いな。大変だったんじゃないか?」
「魔王様……?」
「本当は全部俺の仕事だろ。ステラだって忙しいだろうに……」
ステラに頭を下げる俺。
「こういう仕事は苦手だけど、できるだけ早く覚えられるようにがんばるよ」
「フリード様は魔王に就任されたばかりです。それに、すべてにおいて得手である必要などありません。不得手な分野があれば、私たち臣下が補います」
ステラが微笑む。
「あなたは私たちを思い、護り、戦ってくださった──王としてもっとも大切で尊い責務を果たしてくれました」
「俺は……」
ただ目の前で傷つけられている者を見過ごせなかった。
相手が人であれ、魔族であれ。
強者が弱者を踏みにじるような光景は見たくなかった。
それだけなんだ。
「私はあなたに仕えられることを嬉しく思います。最大限の助力をさせていただきますね」
王の責務、か。
正直、いまだにピンとこないけれど……。
そして──これから先も魔王として生きていくのか、結論はまだ出ていないけれど。
ステラたちのために、がんばってみよう。